第二章03 たまに男1人に女の子複数いるの見るけどあれって一体なんなの?
野球部が始動してしばらくたったある日の朝、俺は教室の机に頬をつけてぐったりしていた。
朝練が疲れたというわけではない。精神的なものだ。そもそも朝練は俺、遼平、春馬、慎二の4人しか来ないから気楽にやれてる。
「マッキーおっはよー」
この声は麗美だな。相変わらずお気楽な声をしてやがる。
「おはよー」
「野球部はどう?」
「あー……今の所最悪だな」
「最悪って……」
最悪だ。神尾のクソ野郎は相変わらず態度はクソ悪いし、矢吹は何考えてるかわからないし、桜庭は打撃練習しかしないし、高木に至っては練習すらこねえし……
「何なんだよあいつら! 自由すぎんだろ! チームワークって言葉知らねえのか!」
「大変なんだねぇ」
思い出すだけでも腹が立ってきた。もう一度顔を机につけよう。ダルいから。
「そういえば高木……だっけ、野球部にいるよね?」
「ああ、あのキザ野郎か」
「昨日の放課後ナンパされたよ」
「……はぁ?」
あいつ、練習来ないで何やってんの?
「で、どうしたんだ?」
「え? なになにマッキー気になんの?」
何をニヤついてやがる。おい、そんな前に屈むとシャツのボタン開けすぎてるから胸の谷間見えてんぞ。もっと開けろ。
「まあな、あの野郎が練習サボって何してやがるか気になるからな」
「そっち〜? アタシの清い身体の心配じゃないのぉ?」
「うるせえよ。お前が清い体かなんて疑わしいぞ見た目ビッチなのに」
「誰がビッチよ。まだ経験ないっつーの」
ん? なんだ胸が近づいてくるぞ。
「なんだったら確かめてみる?」
耳元で囁かれた。確かめるってなにを? オッパないオッパろうオッパる時オッパればオッパレーってやつ? いやこれは童貞五段活用だ。誰が童貞だ。あ、俺だ。そもそもおっぱいを確かめてビッチかどうかってわかるのか。いやわかるかもしれないから一度……
「なに固まってんの? 冗談に決まってんじゃん。ウケる〜」
「この野郎……」
純粋な心をもてあそびやがって。覚えてろよ。
「で、あいつとどうしたんだ?」
「すぐ断ったよ。タイプじゃないしね」
「ふーん」
タイプじゃないのか。こいつはどんな男がタイプなんだろ。そういや聞いたことないな。
ま、いいか別に。
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昼休みに廊下を歩いているとその高木幸成を見かけた。なにやら女の子が3人囲んでいて優越感に浸っているように見える。やっぱあんなキザったらしいのが好きってやつもいるんだねぇ。
「おや、君は野球部の」
目の前を通ったら声をかけられた。おいおい、女の子が邪魔すんなよって目で訴えてくるんですけど。邪魔する気ないからほっといて。すぐどっか行くから。
「ああそうだけど」
「やっぱそうか」
つーかお覚えとけよ。数少ないチームメイトだろ。お前あれか? ブサイクとか女の子以外は顔と名前覚えないとか言い出す奴か?これだから顔だけいい男は嫌いなんだ。
「確かタイガーマスクくんだったかな?」
「タイガマキトだ!」
誰が伊達直人だ。俺は覆面レスラーじゃねえよ。中途半端に名前覚えるんじゃねえ。
「これは失敬」
「で、何の用だよ」
早くしてくれ。女の子に睨まれるのは結構辛いんだ。
「御堂麗美は君のガールフレンドかい?」
「……は?」
違いますけど。いやマジで。
「実は昨日一目で恋に落ちてしまって声をかけたんだ」
「はぁ……」
それは今朝本人から聞いたな。恋に落ちたってその取り巻きの女の子の前で言うか普通。
「残念ながら一度断られてしまってね、再度アタックしようと思ったら今朝君と楽しそうに会話してるのを見たからそうなのかと思ったんだ」
諦めの悪いやつだな。いや違うんだけどね。
「幸成くん。誰ですか? みどうれみって」
「私たちがいるじゃないですかー」
幸成ガールズがいるじゃないですかー。こいつ麗美のやつもこれに加えようとしてんの? 無理があんだろ。全く想像できん。
「OKハニー達、俺は君達がいるだけで幸せだよ」
「幸成く〜ん」
え? 何なのこれ? 新手の宗教? どうやったらこんなに女の子がメロメロになるの? 幸成教に入ればいいの? 質問に答えてないのに納得しちゃってるよ。
「そこでだタイガー」
「大河だ」
「御堂麗美と別れてくれないか?」
「は?」
「彼女の美しさは君よりこの俺様の方がふさわしい」
こいつさっきから何言ってんの? もしかして全ての女の子は自分のこと好きになるとか思ってんの? それなんて押○学?
「そもそも俺はあいつと……」
「彼女が大事だということはわかる。君みたいな顔に惚れるレディは数少ないだろうから大切にしないといけないからね」
「いや、だから……」
「おっと失礼、顔のことは無粋だったね。きっと君の心に惹かれてるのだろうけど安心したまえ、俺の方が心は広い。必ず彼女を幸せにしてみせる」
こいつアレだ。人の話を聞かないタイプの人間だ。それにさっきからクソ失礼なことばっか言いやがるな。
「そういや今朝、麗美がお前のこと話してたぞ」
「おお、それは本当かい?」
「タイプじゃねえってさ」
「な……」
あ、なんか大ダメージ食らってる。効果は抜群だったか。
「ま、まさかこの俺様が君みたいな男より劣ると……」
「いやだからタイプじゃねえってだけで俺とあいつは……」
「OKタイガー、勝負しようじゃないか」
「勝負?」
「彼女を賭けて男と男の一騎打ちだ」
急に何言ってんのこいつ。人差し指突きつけんじゃねえよ。
「やだよめんどくせ」
賭けるも何も俺はあいつとは何も……
「俺様が勝ったら、彼女と別れて紹介してくれ」
話聞かないで勝手に話進めてるよこいつ。マジめんどくせ。
「じゃあ俺が勝ったら?」
仕方ない、乗ってやるか。負けてもデメリットないし。
「君の言うことを二つだけ何でも聞こうじゃないか」
「二つもいいのか?」
「こちらも二つだからフェアに行こうじゃないか」
こいつ、勝負事には紳士なんだな。
よし、こうなったらこの勝負を利用させてもらうぞ。
「で、勝負内容は?」
「タイガーが決めてくれて構わない。どんな勝負でも俺は勝つさ」
自信満々に言いやがるな。いいだろ、吠え面かかせてやる。
「じゃあついてこい」
俺たちは学校の中庭まで移動した。3人の幸成ガールズも一緒にいる。だから睨むなって。絡んでいてるのはその幸成さまなんだから。
「じゃあ勝負はシンプルにいこう。長引かせるのも面倒くさいし、公平にやりたいと思う」
「OKいいだろ。それで内容は?」
中庭のすぐ近くにある木に止まるスズメを指差した。
「あそこにスズメがいるな、あのスズメが何分後に飛び立つか賭けよう。時間が近い方の勝利だ」
「なるほど、それは公平だな。お互いのスキルも何も関係ない。OKだ」
「じゃあ先に決めさせてやる。何分後だ?」
「うむ、そうだな……3分後だ」
「それでいいのか?」
「ちょうどハニーたちが今3人だからな。きっと3が俺のラッキーナンバーだと思ってね」
「じゃあ決定だ。今から3分後でもう変更はできねえぞ」
「OKだ」
「よし、じゃあ俺は……」
地面にある適当な小石を拾った。
「今から3秒後だ」
スズメがとまってる木の枝めがけて石を投げた。見事に枝にぶつかり驚いたスズメが飛び立っていった。うん、コントロールは鈍ってないな。
「ジャスト3秒、俺の勝ちだ」
「な……ちょっと……」
「惜しかったな。3って数字は合ってたけどな」
「それは卑怯って言わないかい?」
「介入してはいけないってルール設定はしてねえだろ」
「それはそうだが……」
「見苦しいぞその姿。女の子の前で素直に負けを認めたほうがかっこいいんじゃねえのか?」
「クソ……」
めちゃくちゃ悔しがってるな。ありがとう「 」、ありがとう深夜アニメ。その知識が役に立ったよ。言っとくけどパクリじゃないからね、オマージュだからね。参考文献「ノーゲームノーライフ」。面白いから見てね。
「いいだろう、俺の負けだ。彼女のことは諦めよう」
「違うだろ、俺が勝ったら何でも2ついうこときくんだろ?」
「そうだった、すまない。それで俺はどうすればいい」
勝手に変えるんじゃねえよ。ったく。
「そうだな、ひとつは『今後一切、俺の女友達に手を出さないこと』だ」
また変な誤解やら何やらで巻き込まれるのはごめんだからな。それにこの条件なら麗美のことも諦めてもらうことになる。一石二鳥だ。
「OKだ。約束だからな。それでもうひとつは?」
次が本題だ。これが俺にとって、いや俺たちにとって一番重要だ。嫌とは言わせねえぞ。
「練習がある日は必ず参加することだ。もちろん朝練も含まれる」
こいつマジでこないからな。強制的に来てもらうぞ。
「そんなことでいいのかい?」
「俺にとっては大事なことだ」
甲子園に行くには全員の力が必要なんだ。
「OKだ。これからは練習に参加しよう」
「よしっ!」
俺は思わずガッツポーズをした。一つ問題解決だ。
「そうは言っても、今日から参加するつもりだったけどな」
「は?」
「実は練習初日の夜に自宅での自主練で手首を痛めてしまってね、病院に行ってようやく昨日完治したんだ。昨日はその帰りに彼女と出会ってね」
「はぁ?」
「というわけで今日からまたよろしくなタイガー。俺様が言うことを聞くなんて滅多にないのにもったいないことをしたな」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
マジかよ。だったら幸成ガールズみたいなのを作る方法とか訊いときゃよかった……
「じゃあ行こうかハニー達」
「はぁ〜い幸成く〜ん」
マジで訊いときゃよかった。なんか勝ったのに負けた気分だ。