第一章06 アゲイン
次の日、俺はあのストーカーイケメンがまたしつこく野球部に勧誘してくるかと警戒していたが、今の所その様子はなく昼休みになっていた。
屋上で弁当を食べ終わると遼平に昨日のことを話した。
「なろほどね……マッキーそれは野球やれってことなんじゃねえの?」
「はっきり言うな……」
「俺は神様とかそういうの信じるタイプだからな」
「なるほどねぇ……」
遼平の答えは昨日の夜俺が考えていたことと同じだった。
「俺はマッキーが野球やろうが辞めようがどっちでもいいんだけどさ、マッキーは野球は嫌いなのか?」
「いや、嫌いじゃないけど……」
テレビでプロ野球中継を見ることもあるし、野球ゲームだってする。パワプロとか。ただ俺自身が野球をやらないって決めただけだ。
「マッキーはさ、昔から一度決めたことを簡単に変えないじゃん?」
「まあ男が決めたことだから」
「そう、そこがマッキーのいいところでもあるし悪いところなんだよ」
「は?」
「俺はその辺るゆるゆるだからさ、もっと気楽に考えればいいのに〜とか思ったりするわけよ。マッキーは頑固なんだよ、頑固親父!」
「誰が親父だ」
まだピチピチの15歳だ。
「俺は基本的には頭悪いんだけどさ、ダチの気持ちとかはわかってるつもりなんだぜ」
「気持ち?」
「マッキーがそこまで悩んでるってことは、マッキー自身がどっかでまた野球をやりたいって思ってんだよ。その眠ってた気持ちを昨日いろんなやつらにほじくり返されたんじゃねえのか? 本当にやりたくなかったら悩んですらいねえと思うぜ」
本当にやりたくなかったら悩まない……か……
どうなのか。俺は……
「よし、マッキー俺は決めたぜ」
「何を?」
「俺、野球部入るな」
「……は?」
ちょっと待て、こいつは急に何を言い出すんだ。
「春馬だっけ、あのイケメン。実は今日あいつと話したんだよ。そしたら初心者でもいいっつーからさ」
「いや、それでも……」
「なめんなよマッキー、俺は運動神経いいんだぜ。すぐに上手くなってやるよ。俺がこの学校を甲子園に連れてってやるて言えるくらいにな」
遼平はビシッと俺に人差し指を突きつけてきた。こいつは確かに運動神経がいい。何をやらせてもそつなくこなせる器用さもある。
「俺が入ってこれで8人。後一人で9人揃うんだよな」
「そう……みたいだな」
「待ってるぜ、マッキー。俺は9人目はお前だと信じてる」
遼平はそう言い残すと屋上から去っていった。
俺はその後ろ姿をただ黙って見送るしか出来なかった。
そう、何もできない甘えた野郎だ。
「リョウちんかっこいいねー」
どこにいたのか麗美が棒付きの飴を咥えながら俺の横に現れた。
「リョウちんはああ言ったけどさ、アタシはマッキーがどうしたいかで決めればいいと思うよ」
「俺が……どうしたいか……」
「ほら、自分の人生ってさ、自分で決めなきゃ意味がないと思うしさ。人に言われたまま生きてそれが失敗した場合その人のせいにしちゃうでしょ。アタシはそういうの嫌いだなー」
俺も嫌なことを人のせいにするのもされるのも嫌いだ。
「これはアタシの個人的な感想なんだけど、マッキーってさ、普段死んだ魚のような眼をしてるじゃん?」
そうなの? そんな覇気がない?
「でもさ、野球をやってる時にそれがキラキラするのが好きだったんだよね〜ギャップってやつ?」
麗美はニシシとからかうように笑っている。
「アタシは今みたいにマッキーたちと放課後カラオケ行ったりして遊ぶのも好きなんだけどさ、たまにまた、あのキラキラした眼が見たいな〜とか思ったりもするわけよ」
キラキラした眼……
「あとはマッキー、自分で決めな。辛かったらアタシが慰めてあげるからさ」
麗美は俺の頭をポンっと叩くと屋上から去っていった。気がつけばここには今俺一人だ。
何かに操られるかのように無意識にポケットから昨日もらったお守りを取り出した。
妹の友達が手作りで作ってくれたものだ。
「めざせ甲子園……」
赤い刺繍で書かれた文字を口に出すと、今までのことが相まって俺の中であることが決まった。
いや、変化した。
今まで眠っていた気持ちが、想いが、野心が一気に込み上げてくる。
男が一度決めたことを変えるなんてカッコ悪いって思ってたけど、これがたぶん、いやきっと最後だから許してくれ。
「俺は……もう一度野球をやる……!」
壊れた肩で、打者としてどこまでできるかわからない。
だから納得するまで、限界までやってやる。
甲子園を目指して。
真っ直ぐに、希望へと向かって。