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青色に輝く星を目指して 〜高校野球青春物語〜  作者: 神山ギン
第一章 次の輝き
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第一章04 「4番打者として来てください」


 今俺は駅前のカフェにいる。意識高い人がMacBookを開いていたり、可愛い女の子たちがキャッキャ言いながら世間話するようなオシャレなとこだ。注文をするのにまるで魔法でもぶっ放すんじゃないかってくらい呪文を唱えてるように聞こえることを言う奴がいるアレだ。

 いつか入ってみたいと思っていたがまさか初めて入るのが同級生のメガネくんだとは夢にも思っていなかった。

 どうせなら可愛い女の子と入ってドキドキしたい。

 まあ、いいや。いつかそんなシチュエーションになった時のための練習だと思えば。初めてだと緊張して何もできないかもしれないからな。まるで童貞みたいに。


 あ、俺童貞だった。


 いやいやいや。そんなことはどうだっていい。

 このメガネくんがこのカフェの注文で呪文を唱えるくらい詳しいのもどうでもいい。なんかちょっとムカついたけど。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。僕は真壁慎二まかべしんじです。野球部でキャッチャーをやらせていただいてます」


 シンジくんね。カタカナ表記で読むと汎用人型決戦兵器に乗ってるナナヒカリを想像しちゃうからメガネくんでいいや。暴走されても困るし。


「それで野球部なんですけど、とにかくすごい人たちが集まってるんです!」

「へー」


 どうしよう。どうやって切り抜けよう。話聞くって言ったけどもう帰りたい。録画してる深夜アニメ見たい。


「なんでも副部長さんが全国を回ってスカウトしたらしいんですよ」

「そうなんだー」

 

 あのイケメンもスカウトされたんだろうな。なんでこの学校を選んだかはわからないけど。


「あ、僕は違いますけどね。僕は野球の才能ありませんから辞めようと思ってたんですよ。だから野球の未練をなくすために進学で野球部のないこの学校を選んだんです」


 俺もそうだな。野球と関わらないためにこの学校に決めた。なのにこの状況は一体なんなんだ。


「じゃあなんで野球部に入ったんだ?」


 辞めようと思ってたならやらなきゃいいのに。


「春馬くんが誘ってくれたんです。あんなすごい人が僕なんかに力を貸して欲しいと言ってくれて、それがすごく嬉しくて」


 あのイケメン、このメガネくんも誘ったのか。


「だから僕は精一杯野球部の力になろうと決めたんです!」

「なるほどね……」


 実力がある人が認めてくれて力を貸して欲しいと言われたら嬉しいだろうな。実際俺も少し嬉しかったし……いやいやいや、違うって。やらないよ。って俺は誰に言い訳言ってんだ。


「それで野球部なんですが、今学校がすごい力を入れてくれまして、練習機材が多くて室内練習場まで設けてくれたんですよ。至れり尽くせりです」


 メガネくんがスマホの写真をスライドさせながら見せてきた。確かに練習設備は整っている。トレーニングには十分すぎるな。


「僕は思ったんです、このメンバーなら、この学校なら、甲子園に行けるんじゃないかって」

「甲子園……」


 昔憧れた場所。俺も必ず行くと思っていた場所。そこのマウンドに立つのが俺の夢だった。


「だから、君も野球部に入って甲子園をめぜしませんか!」


 メガネくんがレンズの向こうの瞳をキラキラさせながら訴えてくる。本当に行けると思っていのか。あの遥か遠い場所に。


「あー俺は素人だからそんなこと言われてもな……」


 ここは未経験のふりをしてやり過ごして帰ろう。悪いけどこの期待には答えられない。


「素人じゃないですよね。大河真希人くん」

「えっ?」


 俺はこいつに名前を言ってないぞ。


「去年のリトルシニアの大会で準優勝したチームのエースで5番だった大河真希人くん……ですよね?」


 背筋が凍るようだった。決して飲んでるアイスコーヒーが冷たいせいではない。


「その様子ですと当たりみたいですね」

「カマかけたのか」

「ええ、一瞬別人だったらどうしようかと思いましたが僕は確信してましたよ」

「なぜだ……?」

「見たときからその体つきでスポーツをやている人だと思いました。そして腕を掴んだ時に筋肉のつき具合でそれが確信に変わり、春馬くんから逃げていたことからあなたが大河真希人くんだとわかりましたよ」


 こいつ、侮れないな。メガネだけはある。あのイケメンが勧誘した理由は単に野球経験者ってだけじゃないな。多分この洞察力も買われている。キャッチャーらしいし。


「実はあの試合、僕も見に行ってたんです。あなたが投げるところも、打つところも、そして、マウンドでうずくまって倒れたところも……」

「ーーっ!!」


 思い出したくないことを思い出して思わずたし上がってしまった。音を立ててしまったせいで周りにいる他の客が注目してくる。落ち着け、もう終わったことだ。まずは座ろう。


「すみません。嫌な思い出でしたよね」

「いやいい、もう関係ないことだ」


 関係ない。ずっとそう言い聞かせている。口ではそう言っても、頭がそう思っても体と心が反応してしまった。


「真希人さん。僕からもお願いします。野球部に入ってください」


 メガネくんは立ち上がって頭を下げてきた。


「やめろってこんなところで」

「やめません」

「ただの人数集めだろ。だったら他にも……」

「僕は真希人くんと野球がやりたいんです! きっと春馬くんも同じだと思います!」

「買いかぶりすぎなんだよ、俺はもう肩を壊して……」

「知ってます! だから打者として……4番として入って欲しいんです!」


 4番打者……だと?


「僕はあなたのホームランに痺れたんです。両者一点も譲らない緊迫した投手戦の中、その均衡を破ったあのホームランに。バックスクリーンにまでぶっ飛ばした、完璧に捉えたあの打球に! あんなホームランを打てる人が肩を壊したくらいで野球をやめるべきではない!」


 肩を壊したくらいで……だと?


「ふざけんな。俺がどんな思いで……この決断をしたと……!」

「それは知りません。でも、投手だけが野球選手じゃないです。あなたにはまだ可能性が、希望があるはずです!」

「希望……」


 固まってしまった。一度興奮したというのにすっかり冷めてしまっている。メガネくんもそんな俺を見て冷静になったのか席に座った。


「無理にとは言いません。野球が嫌いになってしまったのなら仕方ありません。でも、真剣に考えてくれたら嬉しいです。それでは……」


 メガネくんは出て行ったが、俺はしばらくその場から動けなかった。




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