第一章02 「野球部に入ってくれ」
次の日の昼休み、昼食を終えてトイレに行って教室へ戻る途中に廊下の窓から中庭を見ると、昨日のメガネくんがプラカードを持って叫んでいるのが見えた。また野球部の募集をしているのだろう。集まるといいな。
「大河真希人だな」
後ろから声が聞こえた。振り返るとどこかで見たことがある男がいる。
「えっと……誰だっけ?」
申し訳ないが思い出せない。どこかで見た記憶は確かにある。イケメンだし。でもわからない。本当にすまん。
「俺は藤咲春馬。去年決勝で対戦したチームのメンバーだ」
それを聞いて思い出した。俺からヒットを打ったやつだ。もうどうでもいいが。
「あーフジサキくんね、話すのは初めてだな。何の用だ?」
だいたいは予想がつくけどあえて聞いてみた。
「単刀直入に言う。野球部に入ってくれ」
やっぱりな。野球やってる人間が野球をやっていたやつに声をかけるなんてこれ以外理由が思いつかない。しかも野球部員はメガネくんが絶賛募集中だからな。
「悪いけど他当たってくれ。俺の肩はもう死んでるんだ」
俺はもう二度と投手としては投げれない。マウンドには上がれない。そんな男には用がないだろ。とっとと消えてくれ。
「君の肩が壊れていることは知っている。もう二度と投手として投げれないことも」
「だったらいいだろ。ほっといてくれ……」
「ーー打者として来てほしいんだ!」
打者……?
「悪いけど俺は……」
「君が決勝で打ったホームランを俺は覚えている。忘れるはずがない。あの大会で彼からホームランを打ったのは君だけだったから」
そんなことは知らない。確かにこいつがいたチームのエースは化け物みたいなやつだったのは覚えている。
「君は打者としての方が素質があると思っている。まだ君は野球をやめるべき人間ではない。お願いだ、君の力を貸して欲しい」
頭を下げてきた。ちょっと待て、周りがざわついている。イケメンに頭を下げさせてるなんて広まったら女子から嫌われそうで困る。俺は限りある青春ライフをエンジョイしたいんだ。
「やめろって、俺はもう……」
「頼む! 今この学校の野球部は7人しかいないんだ」
「俺が入っても足りねぇじゃねぇか」
こいつ、適当なこと言ってただの人数不足のための勧誘じゃねぇか。だったら俺じゃなくてもいいだろ。
まぁこれでメガネくんが必死に募集している理由がわかった。7人じゃ試合はできない。当然だ。野球は9人でやるものだからな。ただ、「すごい人たちが集まっている」と言っていた内、その一人はこいつだろうな。リトルシニア大会の優勝チームのメンバーなのだから。
もっとも、俺がその事実を知ったのは病院のベットの上だったが……
「あと一人は絶対になんとかする。だからーー」
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。よかった、これで逃げれる。
「じゃあ授業だから行くな」
「待ってくれ! 話はまだ……」
「悪いけど、俺は授業をサボるような不良じゃないんだ」
止めようとしてくるイケメンを振り切って、逃げるように教室へと向かった。
いや、実際に逃げたんだ。
何もかもから。
たった一つの希望からも。