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この世の神様  作者: ウィリアム後藤田
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インテリジェント・デザイン

人間の探究心は留まるところを知らない。これまでも人類は、大地を切り開き、海底へ潜り、空を飛び回ってきた。

そしておれ達は今、アマゾンの山奥で穴を掘り続けている。最新の計器が、この地の底深くに巨大な金属の塊があると示したらしい。つまり、新たな鉱山資源を発掘する仕事だ。

馬鹿なことだと思う。資源を見つけ、枯渇させ、また探す、その繰り返しだ。いつかは底がつく。そしてそれは、恐らく遠い先のことではないのだろう。


巨大なドリル型の重機を使い、直径10メートルほどの穴を100メートルほど掘り進めたところで、目的と思われる金属は見つかった。掘り進めてきた重機を、一度地上にあるクレーン型の重機で穴から引き上げ、直接作業員が降りて状況を確認する。その様子によって、これから採掘のためにどのように穴を広げるかを検討するのだ。

おかしい。

その現場、地下100メートルへと降り立ったおれたち5人全員がすぐに確信した。たとえば鉄資源は、山で見つかった鉄鉱石から作られる。つまり、見た目はただの岩であるわけだ。

それが、おれたちが今踏みしめているこの地面は、巨大な金属板そのものだった。それも、掘って確認できているのは、その一部にすぎない。この金属板がどこまで広がっているのか見当もつかない。深さもそうだ。ビルのように地下深くまで続いているのかも知れない。今見えているこの部分が平らであるだけで、他の部分の形状がどうなっているのかも分からない。ただこれは人工的に造られたものに間違いなかった。

携帯している工具で邪魔な岩や土を除けてから、光で足元を照らした。金属板には絵のようなものが描いてあるようだ。しゃがみこんで、それを確認する。そこにあったのは、地球の構造や、DNAを思わせる螺旋、象形文字に似た記号だった。

古代文明の遺跡か?こんな未開の土地の山奥で?興奮と疑問が入り混じる中、仲間の1人がその音を聞き取った。

「ちょっと待て、なにか機械音がしないか?」

「おれたちが降りるときに使った重機じゃ…」

「今この瞬間は使っていないだろ」

「………足元のこれか?」

恐らく、これは金属板ではなかった。地下深くに眠っていた、巨大な機械だったのだ。

「インテリジェントデザイン説…」

意識せずに呟いてしまっていた。仲間がおれの方を見る。説明を求められているようだ。

「インテリジェントデザイン説はな、生き物の進化には何か大きな意思が働いているんじゃないかっていう1つの考えだ。世の中には、ダーウィンの進化論だけじゃ説明出来ない不思議なことが多すぎるんだよ」

「これがそのインテリジェントデザインでの“大きな意思”って言いたいのか?…」

「そう思わせるには十分じゃないか?おれだって馬鹿げているとは思うがな。地下深くに眠る巨大な機械、それもアマゾンでだ。進化に限らず、地球の自然現象がプログラミングされた機械だとしてみろよ」

自分で話しながら、一度区切って息を吐いた。汗が頬を濡らすのを感じる。

「おれたちが発掘したのは、世間でいう“神様”の正体ってことになる」


しばらく、誰も何も言わないでいた。それぞれが自分の思考に浸かっていた。

やがて1人がそれを声にした。作業仲間だが、名前はうろ覚えだ。声をかけるだけで仕事の上のやり取りは出来るから、覚える必要がなかったのだ。細くつり上がった目だから、おれは自分の中で密かに“キツネ”と呼んでいた。

「なぁ、これ、やっぱり地球の原理を操っている機械だと思うか?『神様』の正体というか…」

仲間がそれに続く。ガタイがいいから、呼び名は“ゴリラ”。哺乳類なだけあって知識が豊富で話好きな男だ。おれは口を閉じたまま、話の流れを見守ることに決めた。

「そうじゃないとしても、人類がこれまで知らなかった文明の跡が目の前にあることは間違いないと思っている。ぼくたちがここまで掘り進めてきた重機ですら、この数年で開発されたものだ。だが、これらを使ったとしてもこんなに大きな金属をここまで深く埋めるなんて現実的なことじゃない。それもアマゾンの奥地にだ。古代文明か、『神様』か、どちらにせよ前代未聞の発掘物だろうね。オーパーツなんてものじゃない」

「………どうする?」

聞いたのは、仲間のうちの1人、河本だ。真面目で、おれの記憶にも残るほど要領が悪い。

「どうするって何が」

「このまま金属として掘り進めるなんてあり得ないだろ。たとえば、どこか考古学の機関に発表するとする。それだけで、ほぼ間違いなく一生暮らせるだけの金は舞い込んでくるだろう。その場合、問題はその金がどこに行くのかだ。会社を通じて報告すれば、会社の取り分になる可能性も高い」

余計なことを言うな、河本。おれの不安をよそに、今度はキツネが言う。

「じゃあ、おれたちが今ここで、いや、この機械が金になると確信してからでいい。会社を辞めてからこのメンバーで山分けにしたらいいじゃないか。5分の1だろうと、それなりの額は得られるだろう。会社を辞めたとしても、節制すれば十分生活できるんじゃないのか」

「上にも10人ほどの作業員がいる。あいつらに何も明かさずやり過ごすなんて出来はしないだろう。山分けするなら、一人当たり十数分の一だ」

河本のこの返事で空気が変わった。奴への不安は大抵的中する。

アマゾンの山奥。狭く暗い穴の中に、金に目の眩んだ男が5人。手には工具を持っている。

次の瞬間に誰が何をしてもおかしくない。おれは一歩足を引き、冷たい穴の側面に背を密着させた。


視界の隅で、1人が動く気配がした。ジャリッ、という音が聞こえた一瞬のち、足を踏み出したその男が別の仲間に飛びかかった。ゴリラだ。襲われた河本はバランスを崩し、2人は倒れ込んだ。ゴリラの膂力にも抵抗できず、馬乗りにされてしまった。頭の上に工具が振り下ろされるのも時間の問題だろう。

おれを含めた他の3人は、まだ何も動かずにいた。もちろん咄嗟のことに応じられないのもあるが、それ以上に、次の出方を計算していた。河本を助けるべきか?組み合った2人を放っておき、疲れさせてから殺すべきか?彼らに気を取られている隙に、他の奴らが襲ってはこないか?そもそも殺し合うことは不可避か?

どう動くのが正解かは判りかねたが、考える時間は無かったし、自分が襲われる事態は避けたかった。

たとえば1人を殺すだけで争いが済む方法を選ぶなら、それはどれか。正当性を盾に殺した後で、この場が丸く収まる方法はどれか。初めに襲いかかったゴリラ、殺すならこいつだ。

おれは数歩進み、その頭に向かって思い切りスコップを振り下ろした。

鈍い衝撃が腕に走り、不快な音が穴に響いた。ゴリラの動きが停止した。もう後戻りは出来ない。おれは目を閉じ、もう一度その頭めがけて工具を叩きつけた。

力の抜けたように、ゴリラはそのまま倒れてしまった。腕への衝撃はもちろん、人を殺してしまった恐怖で体が震えた。だが生き残るために今やらなければならないことがある。おれは腰を下ろし、河本に左手を差し出した。

おれの考えではこうだ。まずはおれが人を殺したのは助けるためだったと主張し、河本を立たせる。「大丈夫か?何を考えてたんだろう、こいつは。もしかして金が山分けになることを避けるためだけに、この場の全員を殺そうとしたのかもな。馬鹿なことだ。殺したとして、その後の問題をどう切り抜けるつもりだったんだ…」そう話しながら、周囲の同意を得る。当たり前の現実を、金に目の眩んだ他の連中に言い聞かせる。それだけで、少なくともこの場で殺し合うことは無くなるはずだ。

しゃがみこんだ状態で、周囲の気配に集中する。おれの後ろに、仲間の1人が近づいている。こいつは何を考えている?このまま後ろから襲われたら一撃でおれは殺される。だからといって、何も無いままにおれの方から攻撃すれば、今度こそこの場で最後の1人になるまで殺し続けるしかなくなる。そもそも、まだこいつに敵意があるかは分からない。判断も覚悟も出来ていなかったが、右手はしっかりとスコップを握りしめていた。背後の男への注意はそのままに、先ほどの台本を反芻する。最初は河本への「大丈夫か?」からだ。

そのときだった。おれのすぐ隣に、背丈ほどの炎が現れた。

その場から飛び退いて、状況を確認する。

おれの後ろにいた男を見る。先程の会話で、おれを除いて何も発言しなかった唯一の男。顔にも体格にも特に特徴はないが、頭の中で仲間を区別するためにおれは“蛇”と名付けていた。次に火を見た。蛇を含め、仲間の誰かが何かしたわけではないようだ。ゴリラは、おれが殺した。もう立つことはない。キツネは動かず端で立ったままだ。ゴリラに首を掴まれていたのだろう、河本は咳き込み、まだ起き上がれはしないようだ。

数秒後、炎が消えた。燃え尽きたような消え方ではない。一瞬にして姿を消した。そのすぐ後、同じ場所に恐竜が出てきた。詳しいわけではないが、図鑑で見たティラノサウルスそのものに見えた。

「映像か?」誰かが呟いた。足元の機械が映し出しているのだろうか。そうだとしたら、現在の技術力では再現出来ない光の出し方をしていることになる。投影機のようなものも見当たらないし、どうやって空中で像を結んでいるのかも分からない。

目の前の恐竜もすぐに消え、次々と映像が切り替わっていく。どこかの王族の衣装をまとった男になったかと思えば、猟銃を構えた集団になった。その次に小さな戦車が現れ、それも消えると、最後に日本人と思われる少女の姿が映し出された。

容姿は現代の10代後半といったところだろうか。その少女が「そこから出て!早く!!」と叫ぶ。それが二回繰り返されたあと、映像はプツンと消えた。

穴の中に静寂が戻ったのも束の間、今度はおれたちの胸元に取り付けられている通信機が音を立てた。ノイズ混じりに、地上の作業員の声が聞こえてくる。

「今、どこからか少女が現れた!日本語を話している。穴の方に向かって走っていくもんだから、近くにいた作業員で止めているところだ。どうしても穴の方に行こうとして聞かなくて、2人がかりで取り押さえている。少女は、早く穴から出ろと叫び続けていて…」

おれたちは顔を見合わせた。誰1人、この状況を理解出来ていなかった。

次の瞬間、景色が大きく揺れた。機械の作り出した映像かと思ったが、それは違った。もっとも、映像もこの揺れも機械によって引き起こされたかどうかは不明だが。

おれはトランシーバーに向かい叫んだ。

「地震だ!」

「引き上げる。すぐにロープに掴まってくれ」

おれは壁に沿うように垂らされた、降りてくるときに使ったロープに飛び付いた。簡易的なハシゴのようになっていて、そこに足と手をかける。少し上に移動すると、すぐ下に蛇が掴まった。おれは他の仲間を見る。ゴリラを上に連れて行くことは出来ないし、その義理も無い。河本は……まだ上手く立ち上がれないでいる。キツネがそれに手を貸そうとしていたが、その間にも地震の揺れで岩が落ちてきている。

「河本!早く立て」

思わずおれも叫んだ。それと同時に、蛇の無機質な声が聞こえた。

「限界だ。今すぐ引き上げろ」

ロープに掴まれていない2人がこちらを見た。数秒して、体が上昇するのを感じた。1分とかからずに地上に引き上げられた。ロープから手を離して穴から遠ざかった直後、地盤が崩壊する音が響いた。さっきまでいた足場が崩れ、穴は岩で埋まった。それからしばらくして、地震は収まった。

おれはすぐに蛇を見た。蛇は黙ったまま、静かにおれを見返した。作業服の胸元ある「佐伯」という名前が目に留まった。

「大丈夫か?他の仲間は?」

地上にいた班長に、おれから報告した。

「ええ、おれたちは大丈夫です…他は生き埋めになりました」

「そうか……作業が再開できたら遺体も持って帰ってやらないと」

そこで、あの蛇、佐伯が割って入ってきた。

「いや、残念ですが、作業は再開しない方がいいでしょう。地下の鉱物に含まれる金属量は、予想していたものよりずっと少なかった。もう一度この穴を掘るコストの方が遥かに大きくなってしまう。死んだ奴らには悪いが…」

「そうか。だが作業員を殉職させてしまった。会社の方から資金がおりないか問い合わせてみるよ。とにかくおまえら、今日はよく休め」

それだけ言うと、班長は近くにいた作業員へ事態を説明し始めた。おれたちの口から話す必要を省くための配慮だろう。

おれは佐伯を見た。奴の視線は岩で埋まったあの穴にあった。こいつ、底にある機械を隠し通す気なのか。

だがそれならそれで構わない。おれの関心は別のところにあった。周囲を見渡し、地上に現れたという少女を探す。地震の騒ぎに乗じて、作業員からの拘束を振り払ったようだ。今度は穴から遠ざかるように、森の方向へ走って行くのを確認した。迷わずにおれもそれを追う。誰かが声をかけてきたが、無視した。

あの機械について何も分からない中で、少女は唯一と言える手がかりだった。おれには期待していたことが1つあった。

さっきの地震は、あの少女が起こしたものではないのか。少なくとも、地下の機械と繋がりはあるのではないか。

穴の中で、おれがその場で生き残る方法を選択できたのは、おれが他の仲間ほど金に執着していなかったからだ。どこかの機関に提供するのも悪くはない。ただ、希望的観測とは分かりながら、捨てきれない期待があった。

おれがあの機械を操りたい。

専門家でもないおれが、そんなこと出来るはずもない。ぼんやりとした諦めはあった。だが、もしあの少女がそれと同じことを出来るなら。


「何か、でっかいことがしたいんだ」

懐かしい声を聞いた気がした。ここにいるはずもない男の声。首からかけているペンダントがチャリンと音を立てた。その声の主がおれにくれたものだ。


少女を懐柔することさえ出来れば、おれがあの機械を動かせることになる。

おれは決心した。「なにかでっかいこと…」奴にできなかった「何か」を、おれがやってやる。

根拠もない希望と身に余る野望を胸に、その手がかりを追った。

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