第二話 見知らぬ世界、赤い世界。
7/30 AM:3:14 表記の修正、足りない文の追加、誤字修正
ざわざわと響く喧騒。
もしかして、授業中に眠ってしまったのだろうか。
でも、それにしては声が遠い気がする。
「おい……なんだこの娘は」
「私が知るわけないだろう。奇妙な髪色だな…」
近くで聞こえた声に、ぼんやりとしたまま瞼を持ち上げる。
「!! ……目を覚ましたか。おい、娘。貴様何処の国からきた。」
何故か一瞬目をみはった、中世の軍人のような人が二人、私を見ている。その内の一人が話し掛けてきたようだった。その人たちが身につけている鎧は、赤で染まっている。ふと辺りに視線を巡らせると、全てが赤だった。赤の濃淡だけで出来たようなその世界に、恐れを感じる。
「…ぅ……あ………………」
がくがくと震え始める声と体をどうすることも出来なくて、自分自身を抱き締める。それを奇妙に思ったのか、もう一人も声を掛けてくる。
「おい、どうした? 質問に……」
「申し訳ありません。この者は私共の連れに御座います。」
その声を遮るように、美しい声が響く。それと同時に、真紅のマントが視界に映る。また、赤だ。
感覚が鈍っていたのか遅れて気付いたが、マントで隠れた手が、大丈夫だ、とでも言うように背中に添えられる。何故かそれに酷く安心して、混乱していた頭が落ち着き始める。
「ヴズルィーフ騎士団の騎士様とお見受けします。我等は貴殿方の敵である緑の国から参った者。」
まるで台本でも用意されているかのような流暢なくちぶりは、挑発とも取れる衝撃的な一言を発する。
それに警戒した、騎士団の騎士様とやらは腰に下げられた剣に手を掛ける。
「ああ、お待ちください。まだ話は終わってはおりません。
我等は我が国の理不尽な様に嫌気が差し、崇高なお考えを御持ちの赤の国へ住まわせてはいただけまいかと、緑の国の兵、アーブル騎士団に追われながらもなんとか逃げ仰せたのです。
その際この娘はアーブル騎士団の手により恐怖を植え付けられました。あの禍々しい深緑が瞼の裏までこびりつき、ついぞ赤の国まで緑に見えてしまったのです。それに恐れた彼女は赤を探すために小路に入り込み、気絶してしまったようなのです。
どうか騎士様、哀れな我等を赤の国へ受け入れ、この娘に休む場所を与えてはくれませんでしょうか。なに、私まで面倒を見てもらおうとは申しません。赤の国の為に、私は望まれたことをこなしましょう。ですから、どうか、どうかこの娘に御慈悲を…」
まるで歌のように次々語られる言葉がゆっくりと止まり、騎士達はポカンとしている。
吟遊詩人を思わせる程滑らかな語り口調に……いや、その存在自体を無視出来ない。どうしようもなく、惹き付けられるのだ。
この感覚を、何処かで味わった気がする。
騎士は数秒遅れて剣から手を話すと、わざとらしく咳払いする。
「じ、事情は解った。それほどの志を持っているのであれば女王陛下も無下に扱うことはあるまい。……そうだな、ではお前たちは私の知り合いが営む宿に案内しよう。男、お前はそこで状況を説明しろ」
「はい、心よりお礼申し上げます。」
あれほど長い物語を聞かされた直後で、その一言が終わったあとも数秒言葉を待っていた騎士はハッとすると、「早く行け」と言って鎧を鳴らしながら去っていく。
それを見送った男の人は、子供をあやすように私を抱き締める。
「よく頑張ったね。今は眠るといいよ。」
先程とはうってかわって砕けた口調と優しげな声に安心すると、全身から力が抜けていく。その人の言葉に操られるように体が重くなっていって、素直に意識から手を離した。