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原色ヴァイナー  作者: 葦原千里
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第一話 全ての始まり


「…酷い雨……」

 学校の窓に打ち付ける雨音に、ポツリと呟く。

(さかき)、読んでくれ。」

 不意に当てられてハッとすると、指定された箇所を読み上げる。

 先生に『そこまでで』と言われて口をつぐみ、講義に耳を傾ける。

 黒板に書かれた文字をノートに書き取ると、白い紙が黒く染まっていく。この感じはあまり好きではない。白い色が好きだから、別の色に染まっていくのが嫌いだ。そういえば幼い頃から白いものばかり集めていた気がする。『女の子だから』と渡される淡いピンク色は特に好きではなくて、いつも嫌な顔をしていた。同世代の女の子が好む色に興味がなくて、『変わっている』といわれた気がする。

 ぼうっと紙面を見つめていると、突然声がかかる。

「起立」

 どうやら授業が終わるようだ。学級委員の号令に会わせて礼を終えると、あっという間に周囲が喧騒に包まれた。

 これで今日の授業が全て終わった。

「榊、今日学校に残る予定ある?」

 人懐っこい笑みを浮かべて言ってくるのは、前の席にいる松江(まつえ) 佑都(ゆうと)……だっただろうか。名字ははっきり覚えているものの、下の名前はぼんやりとしている。

「…特には……」

 委員会に入っている訳でも、部活に入っている訳でもなく、首をふる。

「傘ってもってきた?」

 安心したような顔をしてから、松江くんはまた別の質問をしてくる。それに思い付いたことを質問してみる。

「…忘れてきたの?」

「あはは、あたり。入れてってくんない?他のやつら部活入ってるからさー」

 何故かピースサインを出しながら言われて辺りに目を向けても、いつの間にかほかの人は居なくなってしまっている。それに強い雨の中、高校三年生という大事な時期に傘をささずに行けとも言えない。

 無言で頷くと、松江くんは嬉しそうに私の手を握ってくる。

「マジでか!サンキュー!あ、じゃあ今度昼飯かなんか奢るから!」

「え、あ、い、いいよ……大丈夫だから…」

「気にすんなって!雷とか降らないうちに帰ろーぜ!って……ひきとめてた俺が言うのもなんだけどなー」

 笑いながらそんな事をいう松江くんは常に楽しそうで、私が同じことをしたら疲れてしまいそうだ。



「…榊……千鶴(ちづる)……」

「……何?」

 傘に落ちてくる雨のせいで少し聞き取り辛い声で呼ばれる。しかもそれがフルネームという事もあって不思議に思いながら言葉を返す。

「ん? ああ、かわいい名前だなーって」

 聞こえてたんだ、と付け足して笑いながら発せられる言葉は、突然のことで全く意味がわからない。

「……はぁ…どうも……」

「あれ!? ちょっと引いてる!?」

 大袈裟なリアクションを1つ取ってからまた笑って見せる彼は、やはり楽しそうで、疲れてしまいそうだ。

 暫く歩いていると、私の自宅が見えてくる。

「あの、私此処だから…傘、使ってください。」

「あ、そっか。じゃあ取り敢えず玄関迄は送るよ。」

 その言葉に雨を見てから、その方が良いだろうと思い礼を言う。すると、榊の傘なんだし、と、松江くんは苦笑を浮かべる。


「へー、ここの神社って榊の家だったんだ」

 家の入り口に向かう道の途中、彼は物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回しながら言う。

 辺りを森に囲まれたそこはとても居心地がよくて、空気も澄んでいるように感じる。好きな場所だ。


 白が少ないのは、残念だけど。

「えと……ありがとうございました…」

「だから榊の傘なんだからそんなに気にしないでよ。明日、学校で返すな!」

 元気な笑顔で去っていく背中を見送ってから中に入ろうと振り向く。そのとき。

「……何…?あれ……」

 薄暗くなった森に射されたハイライト。じっと目を凝らすと、針葉樹のようにも見える。どこか現実味のないそれに、どうしようもなく惹き付けられた。

 傘を持つことも忘れて、吸い寄せられるように近づいていく。


 その木に触れられる程近づいて、神秘的な姿に改めて息を飲む。根から葉の先まで真白に染まったそれに手を伸ばす。

 指の先が触れた瞬間。

 視界が眩む。

 手を離そうとしても、まるで自分の物ではないかのように言うことを聞かない。

 意識が遠退く最中、その木が砂のように、花弁のようにはらはらと散っていくような気がした。






     * * *



 高嶺の花。彼女はそう呼ばれている。

 周囲に一枚、薄い、気高い壁を引いて、いつも一人でいた。

 話しかければ言葉は返してくれる。しかし笑った所は見たことがない。

 饒舌になるのは授業の音読のみ。それもあくまで事務的にこなしている。

 それが許されるのも、まるで映画に出てくるヒロインのように美しい容姿なのだろう。


 彼女から離れても未だに激しく脈打つ心臓を落ち着かせようと深呼吸をして、借りた傘をぎゅっとにぎりしめる。

 明日また話す口実が出来て嬉しいのだが、反面傘がなければ繋がりがないというのはどこか悔しい。

 名残惜しげに振り向いたとき、空に光が吸い込まれて行くように見えた。

 気のせいだろうと一度神社を見てから、また元の方向に足を進める。


 ……やはり今度は参拝に行こうか。


     * * *




 ________そして次の日、彼女は姿を現さなかった。

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