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異世界が来い!レベル∞のリトライ英雄譚  作者: RUIDO
レベル.6 ミトス
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7-7 レベル6の教育方針

 そこは海賊公園と呼ばれている。海賊の船長が被るような帽子の形をしたモニュメントのある工場跡地。

 その一階にはさび付いた機材が置かれているほかにめぼしいものはない。そこをたまり場にした悪ガキたちの足跡だけが無残に散らかっている。

 潰れたビールの缶、水分を吸い切ったブクブクしたエロ本、いじけたように背中を丸める煙草の吸殻。

 そこに三六人の人間がいる。

 四人と三二人が対峙していた。四人の先頭に立つのは『会長』と書かれた腕章をぶら下げた少年。

 その隣にボディーガードとばかりに大きな包丁を背負ったカタナが立ち、二人の一歩後ろにケムリがポケットに手を突っ込んで立っている。

 三人と距離を置いてぬいぐるみを抱えたワッパがじっと様子を伺っている。

「集まってもらえて感謝するよ」

 会長は恭しく頭を下げた。その姿は狂信者を従えた教祖か何かのようだ。

 実際に会長は自らの手駒が増えたことに嬉々としていた。

 まるで、自分を崇めろと言わんばかりの姿に三二人から向けられる目線は冷たい。

 会長はそんな視線など気にも留めていないように言葉を続けた。

「お前たちも知っての通り、巨大なモンスターは消失した。だが、残りは未だここへと向かっている」

 ニュースで取り上げられた事実だ。海上を優雅に渡航していた巨大な蟹のようなモンスターは悲鳴すら残さずに海の藻屑へと姿を変えた。だが、その頭の上に乗っていた無数の異形の生物は、それを気にも止めずに前進している。

 ある者は竜の背に乗り、ある者は背中に翼を持ち、ある者はさざ波をかき分け突き進んでいる。

 最大の脅威がなくなったとはいえ、その進路は変わらない。歩みが遅くなっただけで、危険そのものがなくなったわけではないのだ。

 それが周知の事実となった今、会長は動いた。

 ケムリを使い、八つのパーティを集めた。それは彼が夢見た全校集会での演説のようだ。

「僕たちは選ばれた。そして、同時に世界は異形の化け物に蹂躙されようとしている。一人の兵士でも一〇隻の戦艦でも一〇〇機の戦闘機にも倒すことは出来ない怪物だ。だが、ここにいるみんなは、あのバケモノと戦ってきた。その上で勝利を掴んだ者だけが、ここに立っていることを自覚してほしい」

 一人はポカンとして、その姿を見た。一人は嫌気が差したようにため息を吐いた。そして、大勢が己の心を覗き込んだ。

 なぜここに立っているのか。なぜ、その手に武器があるのか。

 ついこの前まで当たり前にあった日々が、当たり前に終わらなくなった今日が、当たり前に失われようとしていた。

 その現実を許せる者がこの中にいるだろうか。必死に手を伸ばした今日を、みすみす手放す道を選ぶことを、嬉々として受け入れる者はいるだろうか。

 ケムリは目の前の目玉を一つ一つジッと見つめた。

 その覚悟が、その自覚が、確かに芽生えていることを確信する。

「あのバケモノ達に僕たちが勝てるなんて保証はない。だが、みんなわかっているはずだ」

 会長も手ごたえを感じていた。

 ここにいるのは、演劇を見に来た観客ではないのだ。

 この物語の主人公であり、その舞台に立つことを夢見ている。そして、何よりも、この物語にピリオドが打たれる瞬間を夢見ている。

 今までとはけた違いの化け物が、眼前に迫っている。その現実を受け止め、その現実と向き合おうとしている。だが、それでも声を大にして剣を掲げようとする勇者の姿は見えない。

「あのバケモノ達が僕たちの元へ向かっているという現実をわかっているはずだ。僕たちが今すべきことは目を逸らすことでも、ただじっとゲームが始まるのを待つことでもない!」

 そうだ、と誰かがつぶやいた。その囁きは静かな湖面に落ちた小さな石だ。

 その声はやがて波紋を広げ、次々に人々の心を侵略する。だが、それゆえの恐怖。

 これがゲームの一部であると誰が断言できようか。ましてやこれまでと同じように、昨日訪れたはずの今日(エンディングループ)を迎えるとは思えない。

 このイベントにコンティニューはあるのか。

「怖いのは僕も同じだ。だからこそ、共に僕と戦ってほしい。僕たちが手を取り合えば、終わらない今日など来たりしない」

 一人ではない。一人では戦えない。

 かつての偉人達も同じように声を大にしたのだろう。だからこそ、その人についていく人間がいたのだ。

 同じ境遇を生き、その先頭に立ち、誰もが抱えている不安を声にすることで人々は同調する。

「さぁ、僕と共に行こう!」

 高らかに会長は声を挙げる。その声に人々は歓声を上げた。

 それは一つの国が出来る時と同じ瞬間だった。

 一つの意思が、一つの集合体をまとめ上げる。

 会長は笑った。

 全身に突き刺さる大衆の視線。貫くような尊敬と羨望の眼差し。

 ぞくぞくと足元から這いのぼる黒い欲望。会長は飲み込まれていくことを自覚していた。それと同時にその欲望が、より一層深く沈んでいく。

「カリスマ、って言うんですかねぇ」

 世界を支配しようとする歓声の隙間で、ケムリは小ばかにするように笑った。

 ゆっくりと会長は振り返り、ほほ笑んだ。

「これが僕の教育方針だ」

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