6-10 レベル5の勝利の流星
六三回目、炎の攻撃が増えた。迂闊に近づくことが出来ない。
森林が燃やされ、逃げ場を失った三人は黒煙を吸い込み、やがて、意識を失った。
六四回目、舘林清二が放った弾丸により、暗闇に燃える竜の口の中の赤子の腕を吹き飛ばした。
やった、と歓声を上げた直後、舘林の体に暗闇に燃える竜が突進を仕掛けた。
吹き飛ばされた舘林は悲鳴を上げる間もなく宙を舞った。すかさず藤堂大悟がフォローに入る。
舘林の体を受け止め、炎と対峙する。赤子本体にダメージを受けたことで、若干炎の勢いが弱くなった。だが、それは人体を燃やすには十分すぎる火力だ。
黒い炭と化した藤堂が痛みに悲鳴を上げた。両腕が燃え落ち、足元で舘林がバラバラに砕けた。
散らばった内臓がわずかに死に逆らうように躍動していたが、それはすぐに生きることを止めた。
それを見て吐き気に襲われた陽太は突撃してきた暗闇に燃える竜に反応できず、あっさりと絶命した。
藤堂は深夜零時になるまで、ただ一人で夜空を睨み付けていた。
六五回目、藤堂が戦うのが怖いと泣き出した。ぐずった藤堂を置いて、二人は戦場に向かう。
藤堂が叩き潰した足の甲を狙う。陽太の剣は柔らかな肉を切り裂き、暗闇に燃える竜の体液をまき散らす。
目の前に落ちた足首に憎しみを込めて踏みつける。
顔を上げた目の前で赤子が笑っていた。陽太を助けようとした舘林ともども炎にまみれた。
六六回目、藤堂が立ち直る。再び三人で再戦となる。だが、藤堂はへっぴり腰で動こうとしない。
見かねた陽太が先陣を切る。
舘林の陽動と藤堂の無意味な咆哮が、暗闇に燃える竜の意識を逸らす。
背後へと回った陽太は潰れた尻尾に剣を突き刺す。ゴリ、という嫌な感触が剣を通して伝わってきた。
直後、鼓膜を劈くような怒号が響いた。よほどの激痛が走ったのだろう。
暗闇に燃える竜は痛みに悶え、暴れまわる。
引きはがされまいと陽太は剣を深く突き刺した。骨の隙間へと入り込み、脊髄を切断する。さらに押し込まれた剣先が、皮膚を突き破って飛び出した。
貫通した。
小さな喜びだ。だが、暗闇に燃える竜も黙っていない。
翼を大きく羽ばたかせ、突風に思わず目を閉じた。
刹那、旋風に体が切り裂かれる。衣服を千切り、肌に無数の切り傷を叩きつける。
舘林の弾丸は風の壁に遮られ、あらぬ方向へと飛んでいく。
藤堂も呆気に取られて、その光景を見守った。
暗闇に燃える竜を取り巻く乱気流に炎が混ぜ込まれる。
切り傷が熱を持ち、破れた衣服が燃え上がる。
酸素が燃え尽き、次第に呼吸が難しくなる。反撃のチャンスなどなかった。
あっという間に肺が熱に満たされ、酸素が循環されなかった脳みそは機能を停止した。
六七回目、暗闇に燃える竜は三人の顔を見るなり炎の乱気流を舞い散らした。
片翼で振りかざされる炎の旋風に三人は為す術はなかった。それでも、彼らは戦って死ぬことを選んだ。
七九回目、藤堂は近づくことも出来ない状況に憤怒した。大五郎丸を投げつけたのだ。
重量のある大剣は乱気流を突き抜け、暗闇に燃える竜の腹部に突き刺さった。
おぎゃあ、と響く悲鳴に手ごたえを感じ、三人は走り出す。それを許すまいと赤子が炎を吐き出した。
避けようと思った頃には全身が炎に包まれていた。
八〇回目、再び炎の乱気流が行く手を阻む。勝ち誇った顔で藤堂が投げた剣はあらぬ方向へと飛んでいく。
それと同じことが九二回目まで続いた。
徐々に最後のカウントへと迫ってきた。藤堂の剣が届かなければ、陽太にも舘林にも現状を打開する術はない。
「おらぁああぁ!」
勢い勇んで投げられた剣を暗闇に燃える竜が口でキャッチした。いや、そう見えただけだ。
斜めに食い込んだ剣は暗闇に燃える竜の口の中へと忍び込み、歯茎をすり抜け、下顎を貫通していた。
風が止んだ。
武器を失った藤堂が戸惑い、暗闇に燃える竜の悲鳴に歓喜した舘林を置き去りに陽太は走り出す。
久しぶりに剣を抜いた気がした。黒い刀身が生き生きと輝いて見えた。
暗闇に燃える竜の目玉が陽太を見た。
首を持ち上げて炎を吐こうとしたが、下顎に突き刺さった剣が邪魔で炎が正面へと回らなかった。
まるで、断ち切られたかのように炎は二手に分かれた。
好機とばかりに距離を詰める。だが、暗闇に燃える竜も物理攻撃へと転じる。
すかさず舘林の援護が入る。パチパチとはじけた弾丸は藤堂がつけた傷跡に忍び込む。
その衝撃に暗闇に燃える竜は思わず足を止めた。
一気に距離を詰めた陽太は両手で剣を掴み、藤堂がつけた胴体の傷へと滑り込ませた。
剣先から心臓の鼓動が伝わってきた。あと数センチ。本の少しの距離を押し込むことが出来れば、トドメを刺せる。だが、暗闇に燃える竜は、それを許さない。
圧倒的な力で押し返され、陽太の体が吹っ飛んだ。舘林も距離を詰め、腰を落として狙いを定める。だが、今度は陽太の剣が邪魔をして、舘林の弾丸を通さない。
暗闇に燃える竜は首を鞭のようにしならせ、二人が立つ場所へと頭を叩き落とした。
間一髪のところで、それは直撃を免れた。だが、舘林の足は頭の下敷きとなり、潰れたトマトのような足首だけが、そこに残っていた。
地面に落ちた暗闇に燃える竜の頭が、ギロリと二人を睨み付ける。
次で仕留める。
確かにそう書かれているように感じた。舘林はガクガクと震え、陽太はすかさず手を伸ばした。
その手は暗闇に燃える竜の顎を突き破っている大五郎丸の柄を掴んだ。とっさに引っこ抜こうとしたが、その剣は重かった。
動かすことすら出来ない。
もたげた頭が持ち上がる。まるで、陽太のことなど気にも留めていないように、掲げられた頭は見る見るうちに高くなる。
ぶら下がった陽太ごと舘林を頭の下敷きにしようとしているのがわかった。
抵抗する手段はない。
あぁ、と陽太はため息を吐き出した。
「うぅおおおぉお!」
藤堂が吠えた。まるで、ダンクシュートを決めるバスケット選手のようだ。
ぶら下がった陽太の足首を両手で掴んで引っ張った。
とっさに両手に力を込め、藤堂の力に反抗する。すると、ガクン、と剣が動いた。
思わぬ反動に陽太は手を放してしまっていた。ドスンと大きな音をたてて藤堂が落ち、その上に陽太が尻餅をついた。
「てめぇ、この、放しやがったな」
ハッとして見上げると暗闇に燃える竜の顎が外れていた。
ダランとだらしなく開かれた口の中で赤子が戸惑ったように怯えている。だが、わずかに後退した暗闇に燃える竜の目がニヤっと笑ったのだ。
藤堂の剣は今も下顎に突き刺さり、陽太の剣もまた暗闇に燃える竜の胴体に突き刺さったまま。
それと理解した暗闇に燃える竜は勝利を確信した。
ズシンと重たい体で地面を揺らす。倒れ込んだままの二人はポカンと頭上を見上げた。
負けてたまるか。
陽太はとっさに立ち上がる。だが、浮きかけた陽太の体を藤堂が引っ張った。
肩に手を置かれ、持ち上げるように腰を押された。それは盾を構える時の動作に似ている。
その眼前で赤子が膨れる。千切れた腕から炎を零しながら、体が膨れ上がる。
「うあぁああ!」
藤堂と陽太の悲鳴と怒号が混ざり合う。
「まだ私は諦めない」
足を潰された舘林が二人の声をかき消した。右手に握った拳銃を赤子目がけて発砲する。
寝そべった体制では狙いが定まらない。だが、足止めするには十分だ。
柔らかい口の中を傷つける無数の弾丸。噴き出た血と共に炎が世界を赤く染めた。
藤堂が陽太の体を蹴り飛ばす。地面を寝転がった陽太を踏み台にして、藤堂は剣を目指してジャンプする。だが、藤堂の手は空を掻く。
もうこんなチャンスはないだろう。
もう負けたくはないだろう。
それは全員同じだった。
ドスンと尻餅をついた藤堂の背中を蹴り上げる。イデェ、と呻く声を踏み台に、陽太の手は空を目指す。
星空を掴もうと伸ばした手は大五郎丸の柄を握りしめる。
グン、と引っ張られ、跪くように暗闇に燃える竜は頭を垂れた。
差し出された頭、その口の中で赤子は目を見開いた。
「殺せぇ!」
藤堂の怒号にかき消されながら、弾丸は夜空を切り裂いた。
撃ち抜ける破裂音。つんざくような悲鳴。
陽太の顔のすぐ隣を赤子の頭が落ちる。支える力を失った暗闇に燃える竜は、ゆっくりと体が傾いでいく。
「おっふ」
勝利を確信すると同時に陽太の手はするりと剣を柄から離れた。落下した陽太の臀部を藤堂は顔で受け止めた。
「・・・勝った?」
独り言のように響いた問いかけに応えるように、大きな体が目の前で灰となる。
さらさらと煌めく流れ星だ。先ほどまでそれが猛威を振るっていたことを忘れてしまうようなひと時。
「ど、どけろ!勝ったのか!」
陽太の体を押しのけ、藤堂が顔を出す。
きょろきょろと周囲を見回し、藤堂は間抜けな顔で頭上を見上げた。
その視線の先でいくつも煌めく星が、彼らを見下ろしている。一筋流れた流星が、声もなく祝杯を上げているようだった。




