6-9 レベル5の勝利の対価
六二回目、藤堂大悟は朝から缶ビールを飲んでいた。
舘林清二も疲れたような顔で煙草を吸っていた。
煙たい部屋の隅っこで高杉陽太は膝を抱えて俯いている。
なんとも重たい空気が部屋の中にぎっちりと敷き詰められている。息苦しいほどの圧力に自然とそれぞれがため息を吐き出した。
六一回目は惨敗だった。三人そろって距離を詰め、肩を並べて燃やされた。
すっかり意気消沈していた。
暗闇に燃える竜の体には無数の傷が残っている。それ故に暗闇に燃える竜の警戒心は強まった。おかげで近づくこともままならない。
「神様が決まるまで、これやるんですかね」
舘林が吐き出した問いかけは紫煙と共に宙を漂う。
藤堂が顔を真っ赤にして、缶ビールを握りつぶした。
「俺が知るか!」
藤堂の意見に賛成だ。陽太は口をへの字に曲げて、そっぽを向いた。
「神様になったら終わるんでしょうか」
「だから、俺が知るか!」
「・・・・・・」
次なる神を決める戦い。その選別の先。
星宮灯里と同じ顔をした神を名乗る少女がいた。
二度目の選別。
一度目では神が決まらなかったのか。あるいは、別の理由があって、神はもう一度選ばれることになったのか。
この選別の向こう側に何が待ち受けているのか。陽太はじっくりと考える。
昨日訪れたはずの今日を終わらせてほしい、と彼女は言った。
「神様になったら、なんでも出来るんですかね」
それは願望だった。舘林の目が少し翳っていた。
神様になったら、この戦いを終わらせることが出来る。もしも、一度目の選別で神様が、この戦いを終わらせたくないと願ったとしたら。
このゲームを楽しみ、このゲームの終わりを望まない者がいるとしたら。
その者が神となり、その者が主催者を気取り、プレイヤーたちの命を弄んでいるとしたら。
ちらりと視線を向ける。
「なんだぁ!?」
ヒック、と喉を鳴らし、藤堂は苛立ちに声を荒げた。
藤堂がこのゲームを楽しんでいるという線は考えられる。だが、何度も挑戦したいと思うほど、彼が強いわけではない。ましてや、二度目の戦いと知っておきながら、大五郎をチョイスするとは考えにくい。
二度目の戦いを有利に進められる人間が、このゲームの本当の支配者か。
最強の二文字が浮かび上がる。
その文字を背景に、月野卓郎の顔が浮かび上がる。
意味不明な言葉にするのも恥ずかしい呪文を並べる男。彼が神を名乗りたがるのはわかる。だが、命を弄ぶような真似が出来るほど、度胸のある男ではない。
続いて浮かんだのは会長だ。頂点の座に対するこだわりの強い男だ。実質は生徒会副会長という立場の男が自分の存在を隠し通してまで、ゲームに参加しようとしている。いや、むしろ二度目の戦いだとわかっているのなら、隠し通すことなど出来ないことも理解していただろう。
会長が神だという線は薄いだろう。
続いて出てきたのはケムリだ。素性も素顔も謎。だが、やはり謎が多いだけで、脅威とは呼べない。愛煙家のほかにも強力な武器を隠しているのだろうか。
疑惑を向ければ、容疑者はいくらでも出てくる。ましてや神がプレイヤーに混ざりこんでいるという確証もない。
第三者が出てくる可能性も十分にあり得た。
「先生が神様になったら、学校でも作るんですか?」
舘林は目を細めて問いかけた。藤堂は二つ目の缶ビールを開け、グビ、と喉に流し込む。
「俺はそんな大層な男じゃねぇ。俺が神様になったら、そうさな」
藤堂はぼんやりと虚空を見つめた。
「ダチを見つけ出して殺してやるよ」
物騒な物言いだ。だが、赤らんだ藤堂の目は少し寂し気に映った。
舘林もそれに気づき、ややあって笑った。
「仲たがいでもしたんですか」
ケッ、と藤堂は唾を吐くように視線を外した。酒が入っているせいか、藤堂は不服そうな表情を浮かべながらも、とつとつと言葉を紡いだ。
藤堂がまだ学生時代のことだという。
当時には親友と呼べる男がいた。その男とは古くからの付き合いというわけではなかった。
大学生になってようやっと出来た友だった。教師という志を共にし、酒を浴びるように飲み、拳を交え、その痛みを共に笑った。だが、親友は志を捨てた。
夜の女にハマったという。金を貢ぎ、借金までした。とうとう学費も払うことも出来なくなった。
それでも、男は女にハマり続けた。最終的に女は身籠り、親友と共に姿を消した。
「ヒトの人生なんて興味はねぇけどよぉ。親友だと思ってたのは俺だけなのか、って、バカみてぇでよぉ。忌々しいったらありゃしねぇ」
どうして、アイツは俺に助けてって言えなかったんだよ。
藤堂はぼやき、目元を拭った。鼻水が涙かわからないが、藤堂の顔はテカテカと光って見えた。
藤堂はうつ伏して泣き出した。濁った嗚咽が深々と響いた。
「舘林さんは?」
話題を変えようと陽太は舘林に視線を向けた。舘林は困ったように笑みを浮かべ、やがて諦めたようにため息を吐き出した。
「時間を巻き戻せる、っていう前提で言うけどね」
照れくさそうに舘林は続けた。
ほんの少し前だという。運命的な出会いを果たしたそうだ。
一目ぼれも同然だった。だが、あいにく仕事の最中だった。
たった弟が事故にあったそうだ。トラックにひき殺され、即死だった。その事故現場に急行した先で、彼女と出会った。
仕事中の出来事だ。私情を挟むわけにもいかず、悲しみに暮れる横顔を見つめ、二、三言葉を交わし、すぐに背を向けた。
「じゃあ、その瞬間に戻りたいってこと?」
舘林は、まさか、と声を挙げる。
「彼女の弟さんを助けたい。そしたら、仕事としてじゃなくて、気兼ねなく話せるしね」
あくまでも舘林が語るのは、ハッピーエンドだ。
それが後悔の念から見出された答えだとしても、舘林の正義感の強さが伺える。
「高杉くんは?」
頬を朱に染めた舘林は慌てて尋ねた。
神の選別であると知った時から、彼らは考えていたのだろう。
この戦いに見合う対価とは何か。
うっかり星宮灯里の名前を出しかけて、慌てて口を閉ざした。
この戦いに見合う対価とは何か。
一度目の戦いを終えた星宮に何があったのか。
ただ標的を倒すだけで、ゲームを終えられるのか。
どうして一度目で神は決まらなかった。
陽太には謎が多すぎる。その謎の答えが見つからない限り、まだ対価を見出すことは出来そうになかった。
「とにかく、いい加減終わらせるぞ」
そう言って藤堂は立ち上がり、ふらふらとした足取りでソファに倒れ込んだ。
「明日だね」
倒れるなり鼾をかきだした藤堂を見て、舘林はやれやれと言った。




