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異世界が来い!レベル∞のリトライ英雄譚  作者: RUIDO
レベル.5 ヒーロー
70/79

6-8 レベル5の戦うことを止めた勇者たち

 五九回目、高杉陽太たかすぎようたはとうとう剣を抜くことを止めた。

 六〇回目、舘林清二たてばやしせいじの部屋でコーヒーカップを差し出された。

「少しやせたかい?」

 真っ黒く沈んだ陽太の瞳を覗き込み、舘林は呑気な声を出した。じっとりと目線を向けると舘林は生唾と共に言葉を飲み込んだ。

 たった一人で戦うことの苦痛を知った。初めて星宮灯里ほしみやあかり昨日訪れたはずの今日(エンディングループ)の中で出会った時、星宮は陽太にこの苦痛を味わわせまいとゲームを続けることを制止した。

 ついこの前までは、その制止を振り切ってよかったと思っていた。だが、今となっては、おとなしく従っていればよかったと思う。

 体が戦いに慣れてきた。おかげで暗闇に燃える竜(ブライトドラゴン)の攻撃に反応出来るようになっていた。だが、まだ暗闇に燃える竜(ブライトドラゴン)の方が上手だ。

 攻撃を避け切ることが出来ない。それ故に、一撃死を免れるようになった。それと同時に死への苦痛が長引いたのだ。

 勝つことは出来ない。次の今日へとつなげる傷をつける。それが返って暗闇に燃える竜(ブライトドラゴン)に慢心を与えた。

 まるで、猫の狩りだ。獲物をいたぶり息の根が止まるまで足元でいじくりまわす。

 無邪気にして無慈悲。捕食のための行動でなければ、それは児戯も同然。

 玩具なのだ。子供が虫の羽根を引きちぎるように、興味本位で弄んでいるだけなのだ。

 改めて、敵に対する恐怖を感じた。いや、元々あったのだ。でも、それはちっぽけな勇気を薄く伸ばして覆い隠していた。

 所詮、まやかしだった。勇気を突き破ってきた恐怖の大きさを思い知り、陽太は戦意を失った。

 それに比べて舘林は飄々としている。最初に比べれば、随分と明るく見える。

「まぁ、慣れてきたかな」

 舘林は自分が死ぬ様を見ていない。意識を失うか、命を失うか。その二択だ。

 それを責めることは出来ない。陽太も同じだったのだ。

 星宮と共に戦い、その戦いに慣れ、その戦いに飽きていた。一人になって、ようやく本当の戦いに身を投じた。

 やっとの思いで紡いだ明日。その明日が今日再び奪われようとしている。だが、今の陽太にとって明日がない恐怖よりも、明日、また今日が来ることの方がよっぽど恐怖だった。

 どうしてこんなことになったのか。元をたどれば因果は自分へと結びつく。

 陽太は今日何度目になるかわからないほど、重たいため息を吐き出した。

「たまにはゆっくり休みなよ」

 眉間に皺を寄せる陽太を見て、舘林は言った。

 藤堂大悟とうどうだいごの姿はない。またパチンコ屋にでも行っているのだろう。

 今日はそろって休息をとることになった。

 昼は舘林の手製の料理、夕飯には帰ってきた藤堂も交えて焼き肉をすることになった。

 どうやら今日は大当たりだったようだ。高そうな肉を買って現れた藤堂に舘林は野菜を食えと怒鳴り散らして、冷蔵庫から複数の野菜を取り出した。

「焼肉って言うくらいなんだから、肉食えばいいじゃねぇか」

 藤堂は子供のように口を尖らせた。食事の時の舘林は強い。肉ばかり食べようとする藤堂の皿にどんどん野菜を盛りつける。

 教師であるにも関わらず、藤堂は野菜嫌いらしい。舘林に乗せられた野菜を、舘林の目を盗んでは陽太の皿に移動する。

 気が付けば、陽太の皿にはこんもりと野菜が積み上げられている。

「とうとうお前もへこたれたか」

 もごもごと口を動かしながら、藤堂は愉快気に笑った。

 ふん、と鼻を鳴らして陽太は皿の上の野菜に箸をつけた。

「先にへこたれたのは僕らですよ、藤堂先生」

 ふんぞり返る藤堂の皿に野菜を乗せ、舘林はやんわりとほほ笑んだ。

 ぐぅの音も出ないようだ。藤堂はごはんと共に肉を口の中に掻きこむ。

「お前よりは俺の方が戦っている」

 すっかり臍を曲げた藤堂はもごもごと口の中のモノを咀嚼した。

 舘林もじゅるんと音を立てて肉を麺のように啜って口の中に詰め込んだ。

「明日で、今日を終わりにしようぜ」

 ごくんと飲み込み、藤堂は言った。まるで、それが出来て当然というような物言いだ。

 舘林も、そうですね、と軽やかに笑った。

 そんな簡単にできてたまるか。陽太も二人を真似るようにじゅるりと肉を飲み込んだ。

「そんなしけたツラするんじゃねぇよ。この前は三人でうまくやったじゃねぇか。しっかり休んだんだ。次はこっちの勝ちだぞ」

 仏頂面の陽太の背中を大きな手でバシンと叩く。おかげで、陽太の鼻から野菜が飛び出た。飛び散った汁は舘林の顔面に茶色い斑点を作り上げる。

「あんだけ弱ってりゃ大丈夫だ」

 安心させようとしているのか。藤堂はニカッと笑みを見せた。この男のデリカシーのなさは不思議と安心を与えた。

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