6-5 レベル5のシステムに用意された世界
これは二度目の次なる神を選別するためのゲームだった。
このゲームの目的を知るとともに、疑問が生まれたことに藤堂大悟は唸り声を上げた。
「そもそも、なんで次の神様なんかを決める必要がある」
そんなの知ったこっちゃない。高杉陽太は肩を竦めた。
三人がいるのは舘林清二の部屋だった。八畳ほどの広さのリビング。ソファにどかりと腰を下ろした藤堂は、コーヒーカップにじゅるりと口を付けた。
「砂糖をよこせ」
正面に座る舘林を店員か何かのように命令する。舘林は不遜な表情を浮かべながらも渋々キッチンへと消えた。
二人の間には膝ほどの高さのテーブルがある。それを正面に据えて陽太は床に座っていた。
陽太の目の前にもコーヒーが置いてあるが、残念ながらいくら砂糖を注ぎ込もうともコーヒーの味を好きにはなれない。かといって、断ることも出来ずにコーヒーカップをじっと睨んでいた。
「その神を名乗る少女はどんなヤツなんだ?」
藤堂の問いかけに陽太は首を横に振った。
「女の子としか言えない」
つかえねぇ、と藤堂は吐き捨てた。
星宮灯里だった、とは言えなかった。もしも、星宮だったと言えば、藤堂が星宮に対してどんな行動をとるのかはわからない。
星宮が死ねばゲームが終わる。そんな愚直な考えに至る男である、と陽太は確信していた。
「そもそも二度目ってどういうこった?」
なんでなんで、と小うるさい男だ。それは陽太も知りたいことだった。
「そうカッカしたって仕方ないでしょう」
キッチンから戻ってきた舘林は怒れる獅子をなだめようと声を掛けたが、ギロリと向けられた視線にへの字に口を結んだ。
藤堂は乱暴に砂糖をコーヒーカップに叩き込む。雪のような白い粒がテーブルの上にちらほらと散らばった。
舘林が文句を言いかけたが、ため息と共に諦めた。
「昨日訪れたはずの今日は深夜零時に終わる」
陽太がぼそりとつぶやいた。その声に二人も耳を傾ける。
「データスロットがいくつもあるのか。俺たちの始まりは、その中の一つに過ぎない・・・。だとしたら、」
「おい、ぼやくなよ、ガキ。考えがあるなら、口にしろ」
陽太の独り言を邪魔したのは藤堂だ。何かとイライラしている男だが、今日は特に不機嫌なようだ。
舘林も知りたがっている。柔らかな視線に陽太はややあって語り始めた。
ゲームには中途データを保存するためのデータスロットが存在する。
一つのデータスロットに一つの記録の保存が出来る。それとは別にオートセーブ機能というものがあり、それはデータスロットとは異なるデータベースに保存される。
陽太たちが過ごしていた昨日訪れたはずの今日がオートセーブの中のデータだとしたら、そのほかにきちんとした手順で保存されたデータがあると仮定した。
ゲームではよくあることだ。敵が強すぎて倒せないなんて時には時間をさかのぼって古いデータを取り出し、都合のいいタイミングでゲームを再開する。
オートセーブはそれとはまた異なる。不慮の事故、例えば、アイテムが底を尽きたり、重要な選択肢を間違えてしまった時、うっかりデータスロットにセーブしていない時にリセットすることで、オートセーブされた記録に戻ることが出来る。
言うなれば製作者側がプレイヤー側に与えてくれた応急処置だ。
今の陽太たちの現状に重ねれば、死ねば最新のオートセーブデータにまで戻ることが出来る、ということだ。それが昨日訪れたはずの今日の原理であると陽太は考えた。
「それと二回目ってのは、どう関係あるんだ?」
藤堂のイライラが振動で伝わってくる。彼の足は何度も上下し、貧乏ゆすりを開始していた。
舘林はそっと灰皿を差し出したが、藤堂は、いらん、と乱暴にその心遣いを無視した。
「神様が望んだエンディングじゃなかった」
そうか、と舘林は表情を輝かせた。ついて行けていないのは藤堂だけだ。
ご名答、と陽太は嬉しそうに笑った。
「だから、リセットした。初めからやり直したんだ」
「どういうことだ!」
藤堂は怒り心頭だ。ダン、と叩きつけられた拳にテーブルが震えた。三つのカップからコーヒーがこぼれた。
舘林は口を堅く結んで怒りをこらえながら、おとなしくテーブルに布巾を走らせた。
「子供と一緒だ。積み木を積んで、それに飽きたらまた崩して積み上げる」
「だから、どういうことだ!」
「先生は過去に戻れるとしたら、いつに戻る?」
とうとう立ち上がった藤堂に陽太は尋ねる。立ち上がった拍子に衝撃に耐えかねたコーヒーカップが倒れた。
べしゃりとこぼれたコーヒーが床に茶色い染みを残す。舘林は顔を真っ赤にして雑巾を取りに洗面所へと歩き出した。
「あぁ、そういうことか」
ようやっと理解した藤堂は、なんだ、とばかりにため息を吐き出した。
察しの悪い男だ。改めて生徒にも教師にも嫌われる理由が分かった気がした。
「じゃあ、その神を名乗る少女が癇癪起こして世界をやり直したってことか」
今どきの若いもんは、と言いかけて藤堂はやめた。
「リリスじゃない」
陽太はきっぱりと告げた。藤堂が眉を顰め、陽太は慌てて言葉を紡いだ。
「助けて、て言われたんだ。だから、彼女は神様を名乗っているけど、神様じゃない」
別にいる、と陽太は告げた。藤堂はうんざりとした表情を浮かべた。
結果、謎が増えただけだ。
「でも、このゲームをクリアしたら、神様になれるのか」
へへへ、と悪ガキのような藤堂の笑みを横目に、舘林が戻ってきた。とんとんとん、と床に雑巾を叩きつける。その横顔には怒りが満ち満ちている。
「こんなゲームが作れるんだ。神様っつったらなんでもできるんだろうな」
再び、へへへ、と笑う。よからぬことを考えているのは見え見えだ。
その妄想の中に樹美鈴の姿があると思うと陽太の顔にも怒りが浮かび上がった。
「なんだよ、お前だってなんでもできるなら、やりたいことの一つや二つくらいあるだろ」
陽太は応えなかった。藤堂はつまらん奴だ、と吐き捨てて下卑た笑みを止めた。
「でも、不思議なもんですね」
舘林は床を拭き終えた。茶色い染みはしっかりと残っているが、館林の顔に怒りはなかった。
「そうだな」
昨日訪れたはずの今日をして、陽太と藤堂は舘林と出会うことになった。日付は一週間前、倒したはずの夜を這う蜥蜴と戦闘した日付だ。
二人は示し合わせたかのように夜を這う蜥蜴との戦いに挑む結果になった。
それだけなら、特別不思議なことはなかった。
「本来ならあいつらもいるはずだろう」
パーティのメンバーがどこにいないのだ。学校にも、家にも、秘密基地にも人影はなかった。
いや、それどころがいたという記録すらなくなっていた。
陽太の家にも見知らぬ名前が書かれた表札がかけられていて、藤堂が住んでいたアパートは空き家になっていた。
「あいつらがループを抜けたからだ。戻ってきた俺たちとは違う世界にいるんだよ」
物分かりの悪い藤堂に説明をしても、藤堂は納得のいかない表情を浮かべるばかりだ。
「都合よくできているんですね」
舘林はうんざりしたように言った。
ますます彼らが生きている現実が現実味を失っていく。
「わざわざこんな設定を用意してくれるとはね」
ありがたい、と言いながら、藤堂は悪態をついた。
今の二人は名前も存在もしない者だった。舘林の家以外に行く宛もない。
「でも、次のゲームをクリアすれば、同じ時間に戻れるはずだ」
陽太は言った。
「どうしてそう思う」
藤堂が睨む。舘林もまた不安そうに陽太を見ていた。
「直感、かな」
にへら、と頼りなく笑った陽太を見て、二人はため息を吐き出した。
「でも、次はグランドクエストだろ」
一二人で戦ったモンスターの群れだ。とてもじゃないが、現状では勝機はない。
「グランドクエスト?」
舘林だけが疑問符を浮かべて復唱する。こればかりは陽太も無視することにした。
複数のパーティのために用意された大型のクエスト、グランドクエスト。もしも、他にもプレイヤーがいれば、合流することとなるだろう。だが、逆にいなかった場合はどうなることか。
グランドクエストは実行されるのか。あるいは、別のクエストが用意されるのか。
その場合、三人でどうにか出来るものなのか。
不安は募るばかりだ。それに比べて、事態の深刻さを理解していない舘林、ゲームというものを理解していない藤堂。二人の思考は陽太と同じ位置にたどり着いていない。
ゲームとはシステムの集合体。初めからこの事態を想定した世界が用意されていた、となれば、この事態を想定されたクエストが用意されていてもおかしくはない。
代用される世界は、彼らをどこへと導くのか。陽太はひたすらに思考する。




