6-4 レベル5のリトライ英雄譚
戦いを終えた高杉陽太が目を覚ますと真っ白い世界が眼前に広がっていた。
考えるよりも早く、ここが天国なのだろうと理解した。
「違うわ」
一瞬だけ浮かんだ考えを否定する声に、陽太は背後を振り返る。
まるで、椅子に座っているかのように足を組んでいるのは、パーカーに短パンを穿いた少女だ。
目の前にいる少女の名前を陽太は知っていた。
「なんでここに」
不敵に笑みを浮かべるのは星宮灯里だった。
陽太の質問に星宮は応えない。ゆっくりと組んでいた足をほどくと陽太と目線を合わせるように地面に立った。
彼女だけど、彼女じゃない。
そんな感じだ。星宮には似合わない不敵な笑み。神々しく感じられるほどの存在感。
うっとりとしたような眼差しを陽太に向けていた。
まるで、久しぶりに再会した恋人に向けるような目だ。星宮は浮遊するように足も動かさずに距離を詰めた。
陽太は動けなかった。まるで、狭い壁の中に閉じ込められたようだった。
足は地面にへばりつき、指先も何かに貼りつけられたようだ。
星宮の手が伸びる。すらりと細長い指先が陽太の頬を撫でた。友人に向けられるような触れ方ではない。
幼子を可愛がるものとも違う。肌に触れる愛情は海よりも深い。
「久しぶりね」
今にも泣きそうな震えた声だった。
「どういうこと?」
唇だけが動いた。かすかな声に星宮は、うん、と一つだけ頷いた。
その意味が分からない。
「お願い、高杉。昨日訪れたはずの今日を終わらせて」
懇願していた。すがるような声と共に星宮の頬が陽太の胸に飛び込んできた。
ようやっと動くことを赦された陽太は、その体を受け止めた。
「星宮?どういうこと?」
問い詰めようとしたが、星宮は泣いていた。苦痛に満ちた表情が、涙に濡れていた。
「星宮、頼む。教えてくれ。何があったんだ」
一言一言、噛みしめるように尋ねた。星宮は涙を拭い、嗚咽を漏らしながら言葉を紡ぐ。
「これは、二回目なの」
「何が?」
「ゲームだよ!」
状況を飲み込めていない陽太に対して星宮は怒声を上げた。呆気にとられる陽太を置き去りに星宮は言葉を紡ぐ。
「昨日訪れたはずの今日はその日のことを指しているわけじゃないの。私たちは一回目に負けたの!そして、二回戦が始まった」
なんのために。
陽太の疑問が顔に出ていたのだろう。星宮は矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
「これは、ただの裁きなんかじゃない次の神様を決めるためのゲームなの」
「どうして俺たちが」
星宮は答えあぐねた。答えを知らない、というよりは、答えを言いたくない、というような面持ちだ。
それは陽太の不安を仰ぐ。だが、問い詰めることは出来なかった。まるで、思い出したかのように星宮は再び涙を浮かべていた。
「あの日に帰りたいよ。もうこんなのやだ。助けてよ、高杉」
星宮は泣いた。幼子のような悲痛な叫びだった。耳を塞ぎたくなるような胸の痛みをジッと堪え、震える肩に手を添えた。
「どうすればいい」
星宮は弱々しく笑みを浮かべた。その瞳が喜びに小さく震えた。
「昨日訪れたはずの今日を終わらせて。そしたら、全部わかるから。お願い、私を助けて」
二回目の次なる神の選別。
「お願い、私の騎士様」
星宮はそっと頬を寄せた。柔らかな感触が、全身を包み込むような快感を与えてくれる。
触れた肌を通して、その唇が刻む言葉を通して、恐怖が伝わってくる。
「私は神を名乗る少女、リリスとして、この世界で生まれた。貴方が勝てば昨日訪れたはずの今日が終わる。お願い、私を開放して」
暗闇だ。いつの間にか足元に這い寄っていた空間を切り取ったようなぽっかりと開いた穴が、陽太の足元にあった。
深淵のような深い闇の中に陽太の体は吸い込まれる。目の前にあったはずの星宮の顔があっという間に小さくなる。
「絶対、戻ってくるから!」
陽太の絶叫に対して、星宮が小さくつぶやいた。
「今度は絶対だよ」
その言葉は陽太には届かなかった。ひたすらに手を伸ばし、気が付くと陽太は自室のベッドの足元に転がっていた。




