6-2 レベル5の事情聴取 後編
石動玄太は自分の机の上で三枚目の調書に手を伸ばしていた。
三枚目にして、ようやっとまともな会話が成立した。
夢ケ丘市第三中学校に通う女子バスケット部員、星宮灯里の取り調べだ。
彼女が浮かべる表情は不安だ。自分がなぜここにいるのか、わかっていないという表情をしていた。
銃刀法違反だということを説明すると、諦めたように落ち着きを取り戻した。
「これはゲームです」
開口一番に解き放たれた言葉に石動はうんざりした。
「お嬢ちゃん、警察の仕事はお遊びじゃないんだよ」
「私も被害者なの!」
これだから体育会系は嫌いだ。直情的で自分が正しいと思い込んでいる。だが、だからこそ読みやすい。
「被害者だぁ?立派な武器じゃねぇか。お前さん、どこでこんなもん仕入れた?ネットか?ガラの悪い先輩か?」
そんなはずはねぇよな?
机越しに石動の目は問いかける。当然だ、とばかりに星宮もにらみ返す。
「私のスマホを返して」
それが答えだと星宮は訴えた。石動はわずかに眉を顰めたが、部下に星宮の所持品を取ってくるよう指示を出した。
透明のビニール袋に詰められているのはハンドバッグと化粧ポーチ、そして、スマートホンだ。
星宮は袋の中に手を突っ込み、スマートホンを取り出す。電源を点け、石動にスマートホンの画面を突きつけた。
「これがそのゲームよ」
ゲームクリア、と画面には表示されている。
「どういうつもりだ?」
バカにしているとは思えない。だが、それが正解だという結論に結び付けることは難しい。
「このゲームに指示が出るの。二週間くらい前にゲームが始まった。そして、土色の巨腕と私と高杉は戦った。そして、勝ったら次は翼の生えた土色の巨腕が現れた。それは月野が殺した。一週間前は暗闇を這う蜥蜴と戦った!四人が勝った!今日は暗闇に燃える竜と戦った。そうじゃないと明日が来ないから!」
星宮は一息に告げる。腰を浮かせた星宮を警官がなだめようと手を伸ばす。
石動は無言でそれを手で制した。
「一週間前?場所は覚えているか?」
日付を確認して、星宮は頷いた。
石動の金魚の糞だった舘林清二が見たという戦いを思い出す。
黒い蜥蜴と四人の少年少女が、戦ったという夢物語だ。
舘林はしばらく休暇という形で、署には出勤していない。時折、状況確認のために電話をしてみたが、彼の声は日に日にやつれていくようだった。
時にはアレは夢だったんだと懺悔するように囁いたり、時にはアレは現実だったと絶叫したり、ととてもまともに仕事が出来る状況ではなかった。
星宮が舘林を知っているとは思えない。だが、彼女が明示した日付と舘林が幻を見たという日付が重なっている。その場所も同じだ。
偶然だ、と吐き捨てることは出来ない。
「お嬢ちゃん、警察は頭のいい連中の集りじゃないんだよ。それこそ俺なんかも高校中退だ。今起きていることが、ちっともわかりゃせん。お嬢ちゃんがわかってることだけでいい。詳しく教えてくりゃせんか。誰がなんの為に、何と戦わにゃならんのだ」
石動はじぃと星宮の目を見た。
どうせ信じてはくれない。だから、と言って黙っていることは出来ない。
星宮はため息を吐き出して、言葉を紡いだ。
それはまさにゲームだ。
昨日訪れたはずの今日という時間の中で標的のモンスターを対峙する。
制限は一〇〇回。ナビゲーターと呼ばれる腕時計型の機械に、そのカウントは表示される。
実際に一〇〇を迎えた者は現状にはいない、という。
彼が手にした武器もゲームが用意したものであり、星宮は手元にあったバスケットボールを今の鈍器へと姿を変えさせた。
「美鈴だけは神を名乗る少女と会ったことがあるって」
神、という言葉に石動は思考する。
ケムリとの対面時、彼は神の話をした。いるか、いないか、という点に関して、彼は明示しなかった。
「ダンナ、神は信じるかい」
どこぞのキリスト教徒のような質問を彼は投げかけた。
「お前は現実主義者だと思ってたよ」
その質問を踏みにじるように石動が告げた言葉を思い出す。
「あっしもそう思っていましたよ。ですがね、ダンナ。ゲームはもう始まっちまってるんでさ」
その言葉を残して、ケムリは今日まで姿を現さなかった。
失われたピースが嵌められていく。謎だらけのパズルが、少しだけ絵を見せていく。
星宮だけの証言ならば、納得は出来なかっただろう。だが、石動が信頼する男たちの言葉と重なる。
点と点が一本の線を引いた。
「それで、神様はなんて?」
石動の質問に星宮は肩を竦めた。実際に星宮は神を名乗る少女とは言葉を交わしていない。
警察署で尋問を受けたのは三人だ。
横島という小学校の教師と高杉陽太は現在病院にいる。樹美鈴も警察の監視下の元、陽太に寄り添っている。
ケムリを含めた男女四名が確保時に逃走。現在も所在は不明だった。そして、死者が一名出ていた。
その他一名、石動は名前を知らないが、月野卓郎が空へとただ一人で逃げた。
目撃情報が飛び交っている。逮捕されるのは時間の問題だろう。
藤堂の死体が現場には転がっていた。土色の巨腕に喉笛を食いちぎられ失血死したらしい。
五人の逃亡犯。四人の容疑者、二人の怪我人、一人の死体。
一二人の武装した人間たちをどう見るべきなのか。
銃刀法違反者として、このまま逮捕しておくべきか。あるいは、怪物たちと戦うために選ばれし勇者として扱うべきなのか。
「すべては神のみぞ知る、てか」




