5-12 レベル4のグランドクエスト 決着と結末
ワッパがぬいぐるみを空に投げた。それは瞬く間に巨大になり、暗闇に燃える竜の背中に覆いかぶさる。だが、暗闇に燃える竜はなんのそのと上体を跳ね上げて押し返す。
どれだけ傷ついても暗闇に燃える竜の体力は有り余っている。
足や翼を失ったところで、その心臓は動くのを止めない。あふれ出たアドレナリンは痛みを奪い、腹の底から煮えくり返るような暴力だけが放出される。
「僕が、教育してやる!」
意識を取り戻した会長は怒りに震えていた。右腕を突き出し、悲鳴じみた声と共に雷鳴をとどろかせた。
一発、二発。連続で吐き出された稲妻に暗闇に燃える竜はうめき声をあげるだけだ。
全身を波打つように電流は地面へと流れていく。それを見て会長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。だが、今こそがチャンスだった。
月野の魔法により土色の巨腕の行軍を堰き止めた。
増援はない。
一二人の勇者がそこにいるのだ。
会長の魔法は絶大である。深刻なダメージを与えることは出来なかったが、その雷はしっかりと動きを止めることに成功していた。
暗闇に燃える竜のもたげた頭が地面に向けて炎を吐き出す。
カタナは好機とばかりに飛び掛かった。自身の身長を優に超える長い刀を下顎に向けて突き刺した。
その刃は肉を貫き、骨を通り抜け、地面へと突き立てられた。
下顎を縫い付けられ、だらしなく開いた口の中で赤子が歪に笑う。カタナは腕に力を込め、さらに深々と刀を地面に突き刺した。
ぼう、と炎が立ち上る。それは反撃の狼煙だ。
振り回される五本の足。星宮灯里は距離を取って飛び跳ねる衝撃を振り下ろす。
メキ、という音を立てて黒い肌に亀裂が入る。叩きつけられた衝撃でボールが高く舞う。
亀裂目がけて星宮は再び武器を振るい落とした。それに倣うようにワッパもぬいぐるみを高く放り投げた。
大きさは変わらない。だが、ふわりと宙を舞ったそれは頂点に達すると急に落下速度を速めた。
砲弾のようにたたき付けられたぬいぐるみが落下。暗闇に燃える竜の足はトマトのように体液をまき散らして潰れた。
もう少しなのだ。
金巻が汗と共に乱雑に魔法を降り注ぎ、横島が遠目から声援を送る。
暗闇に燃える竜は力任せに上体を振り上げる。
その勢いで顎に刺さった刀が地面から引き抜かれた。だらしなく伸びた首が再び炎を吐き出す。
「ぐぁあ!」
悲鳴を上げたのは藤堂大悟だ。シャツが燃え、慌てて脱ごうともがいている。
金巻が上着を脱ぎ捨て火を消そうとしているが、腰の引けた闘牛士のようだ。的外れな場所に上着を叩きつけて、藤堂に罵られている。
暗闇に燃える竜は首を鞭のようにしならせた。
ただ一人で前衛を死守する月野卓郎が後衛を振り返る。
カタナの体が弾き飛ばされ、星宮が樹美鈴を庇う。
攻めあぐねている勇者たちの姿を月野は見た。
そして、その中でただ一人突き進む友人の背中を見た。
剣を握りしめ、果敢に立ち向かう。
カチカチと引き金を引いて、黒い刀身を伸ばしていく。
それはやがて、陽太の身長すらも超える長い剣へと姿を変える。
破壊力も切れ味すらも持たない剣。だからこそ、飛び込んだ。
恐れていた。怖かった。それでも、戦うことを止めなかった。
それは親友のために約束した勝利だった。
『じゃあ、それまでに俺がゲームを終わらせる』
それぞれが暗闇に燃える竜の体を叩き潰す。
肉片が飛び散る。体液がこびりつく。
赤子が真っ赤に燃えあがり、誰もが警戒し、思わず足を止めた瞬間だった。その中で、陽太だけが跳躍する。
『アイツのために戦うつもりか!』
陽太の眼前に鋭い牙が、毒々しい赤が広がる。
その中心で赤子は目を丸くして、陽太を見ていた。その目は怯えていた。
ひたすらに恐怖し、悲鳴を上げるように口を開いた。その小さな口の中に陽太は右手を伸ばす。
その手の中にある黒い剣が、その手の中にある勇気が、その戦いに終止符を打つ。
『アイツのためにお前を人殺しになんかさせない!』
赤子の体が膨れ上がり、逃げ道を失った炎が爆発する。その爆風に飲み込まれ、陽太の体は吹き飛ばされた。
全身が焼けるように痛い。右腕は肘から下を失っていた。だが、宙を舞う最中、陽太は確かに見ていた。
赤子の体が破裂し、胴体が引きちぎられる。そして、小さな頭は黒い剣を咥えたまま、空中で灰燼へと還る。
ドサリ、と落ちた衝撃に右腕が痛んだ。黒ずんだ傷口からは血は流れない。だが、今も燃えているような激痛が陽太を襲う。
すかさず美鈴と星宮が駆け寄った。
「やったぞ!倒したぞ!」
上半身裸になった藤堂が歓喜の声を挙げた。拳を突き上げ、高らかに咆哮する。
まるで、自分が英雄だと言わんばかりの声だ。勝利に酔いしれる瞳が、次はお前だ、とばかりに美鈴を見た。
「まだ来ます!」
横島の声に誰もが振り返る。
月野が作り出した土の壁。その頂上に無数の土色の巨腕が立ち、彼らを見下ろしていた。
「あっしはもう使い物になりゃせんぜ」
ケムリは呼吸を荒くして、膝をついた。薄く張りつめていた紫煙が霧散する。
二〇にも及ぶ赤い目玉が陽太たちを睨み付ける。
暗闇に燃える竜の顎から剣を引き抜いたカタナが陽太を庇うように立ちはだかる。
「いい男だね」
寡黙な雰囲気を吹き飛ばすようなハスキーな声で笑いかける。
それぞれがそれぞれの武器を手に闘いを始める。数では圧倒的に不利だ。だが、それを補う力を彼らは持っていた。
「僕の獲物だったのに」
会長は不機嫌そうに雷を解き放つ。その背後でケムリに寄り添うワッパがガタガタと震えていた。
「あたしゃ接近戦はだめなんですよぉ!」
ブヒブヒと喘ぎながら金巻は突っ立っているだけの更田の背後に隠れた。
「俺がまとめて殺してやる!」
藤堂が悪役のような笑いを響かせて突進する。
月野はただ一人、土色の巨腕に背を向けて、陽太の傍へと近づいてきた。
陽太は必死に目を開け、それをしっかりと聞いた。
「約束は約束だ」
ゲームはまだ終わっていない。
「だめだ、やめろ!月野!」
悲痛な叫びだけが木霊した。その声を無視して月野は走り出していた。
陽太の記憶はここで途切れていた。ただ、意識を失う直前、藤堂の悲鳴が聞こえたような気がした。




