5-9 レベル4の海賊達のたまり場で
海賊公園と呼ばれる場所は、悪ガキたちのたまり場となっている。隅っこで煙草を吸う中学生や中央で大きな声でたむろしている高校生。子供たちの喧嘩の聖地とも呼ばれている。
幸いにも今まで流血事件などは起きたことがない。家出人が出たとなれば、警察が真っ先に目を通す場所としても有名である。
日曜日の真昼間。高杉陽太を先頭にした四人が入口へと踏み入れる。
陽太はその場所に来るのは初めてだった。学校が丸ごと一つはいるような広い敷地に二階建ての体育館ほどの建物。かび臭いような薬品臭いような異臭が立ち込めている。
四人が到着すると見覚えのない男が四人中央に立っていた。
陽太たちの存在に気が付くと口に咥えていたものを慌てて地面にたたきつけ踏みにじっていた。
「あぁいう奴らのたまり場だもんなぁ」
陽太と肩を並べていた月野卓郎は嘆息を吐き出した。
優等生とは呼べないが、不良とは縁遠い二人はこの場所を嫌っていた。
「なんだお前ら」
四人のうちのリーダー格と思しき男が距離を詰める。髪の色は茶色で、耳には遠目にも目立つ大きなピアスが輝いている。
高校生には見えないようないかつい顔だ。その顔を見て、樹美鈴は怯えたように視線を落とす。
美鈴に気付いたのか、男たちがニヤニヤと嫌らしい目つきを向けてくる。その視線を遮るように星宮灯里が美鈴の前に立つ。
「肩慣らしでもしておくか」
月野の声は強気だ。だが、わずかに膝が笑っているのを陽太は見逃さなかった。
「肩慣らしにもならないよ」
それに比べて陽太は余裕の笑みを見せた。陽太が制止するかと思っていた月野はポカンとして、歩を進めた陽太の背中を見ていた。
陽太は男と対峙する。相手との距離は一メートル弱。陽太は視線を少し上げる形で、男の目を睨みつけた。
「なんだお前」
敵意をむき出しにする陽太を捉え、男は怒りを露わにする。剣呑な雰囲気を読み取り、星宮も武器を取り出す。それに気づき、他の三人の男も警戒を始めた。
陽太は剣を抜かない。代わりに籠手の嵌められた右手で拳を握る。ギリッと鉄が軋むような声が拳の中から聞こえてきた。
物々しい険悪な空気が漂う。一触即発の香りに誰もが口を閉ざした。
「お邪魔虫ですぜ」
聞き覚えのある声が空間を支配する。気が付けば、足元には紫煙がカーペットのように敷かれている。
それが爆発するように足元から頭上へと伸びていく。あっという間に視界は真っ白く染まっていく。
月野は詠唱する。右の手のひらの中で空気が渦を巻き、月野の周囲の煙を吹き飛ばした。だが、三人の視界が開けただけで、まだ建物の中には煙が満ちている。
男たちの悲鳴だけが、木霊している。
「陽ちゃん!」
煙の中の陽太に向けて美鈴が吠えた。それに応えるように煙は散っていく。
反対側の出入り口から男たちが逃げていく姿が見える。そして、それよりも遥か手前、月野達から四メートルほどの距離に陽太とケムリが隣り合わせに立っていた。
「気付いていたんですかい?」
陽太と肩を並べるケムリはゆっくりと煙草を吸い始める。その質問に陽太は応えなかった。
「時間がないんだろ」
陽太はジッとケムリを見た。その目を見て、ケムリはヘラヘラと笑みを浮かべ、建物の奥に視線を走らせた。
薄闇の向こう、霧が晴れるように会長、カタナ、ワッパが姿を現した。
「こりゃ、なんの騒ぎですか!」
男たちが去った方向から声が聞こえた。視線を向ければ、脂汗をふきふきしている金巻の姿があった。
その後ろに疲弊した表情を浮かべる横島と、その背中に子泣き爺のようにしがみつく更田がいる。
「ガキの喧嘩に時間を割いてる暇はないぞ」
ふんぞり返るように言葉を吐きだしたのは藤堂大悟だった。
藤堂の言葉に促されるようにケムリはえっほんと咳を一つした。
「手短に済ませやすぜ」
ケムリの作戦はやはり班分けだった。だが、陽太が想定したものとは違った。
前衛を務めるのは陽太、横島、ケムリの三人。中衛が六人、二人一組で前衛を援護。月野と藤堂、金巻とカタナ、会長とワッパ。後衛には美鈴、星宮、更田という形になる。
「前衛は陽動を頼みますぜ。攻撃の中心は中衛組、殿は空にだけ注意を向けてくだせぇ」
あくまでも標的は暗闇に燃える竜ということらしい。
前衛と中衛組が戦線を足止め、空から来るだろう暗闇に燃える竜を叩く。
剣士と魔導師が二人一組なのは戦線が押された時のための保険と後衛が暗闇に燃える竜を落とした時に援護に回れるよう仕向けたためだ。
「決戦地は山道の入り口手前にある拓けた建設現場。皆さんもご存じの土色の巨腕の住処のすぐ側ですぜ」
星宮と陽太が戦った場所だ。
「それじゃあ、蜥蜴の餌食になってしまいますよ?」
金巻が焦ったように一息に言葉を吐きだした。
「それより会長ってのは誰だ?」
金巻を遮ったのは藤堂だ。カタナの後ろに隠れるように立っていた会長が視線を上げる。
カタナがいくら長身の女性と言えど、会長の姿が完全に隠れているわけではない。
疑問符を浮かべる月野と陽太に会長は人差し指を口元に当てて応じた。
「あっしらのパーティのメンツですぜ。ちょいと訳ありでね。今は姿を出せませんが、」
ケムリは適当な言葉を並べ立てている。
なぜだ。
陽太と月野の疑問が深まる。ましてや二人には会長の姿が見えているのだ。
藤堂は渋々とケムリの言葉に納得する。どうやら本当に会長の姿が見えていないようだ。
思えば顔合わせの時にも藤堂は会長には触れなかった。それが意図したものではない、ということを二人は目線を交えて確認する。
「決行は今から二時間後。そこでまたお会いしましょうや」
ケムリは簡潔に言うとフッと姿を消した。会長の姿もそこにはない。
「信用ならんな」
ケムリが立っていた場所をジッと睨み付け、藤堂は吐き捨てた。その言葉に同意するように金巻はふぅとため息を吐き出す。
「お前たちは会長を知っているのか」
藤堂の目線は月野に向けられる。月野は一度だけ陽太に目線を合わせると飄々としたように小さく万歳をした。
小ばかにするような態度に藤堂は奥歯を噛みしめる。次いで陽太に視線を向けられたが、陽太は素知らぬ顔で首を横に振った。
「まぁまぁ、殺し合いをする仲ではありゃせんよ。ささ、あたしらも急ぎましょうや」
今にも頭から湯気を出そうとする藤堂をなだめながら、金巻は踵を返す。
「樹ぃ!」
え?と左耳に手を当てたのは更田だ。空気を読めとばかりに横島がぴしゃりと更田の手を払いのけた。
美鈴は応えない。すがるように星宮の背中に体を隠した。
「やっと会えたな!無断欠席は体罰だからな!お前の体をたっぷり可愛がってやるから覚悟しろぉ!」
藤堂はゲラゲラと笑い声を残して去っていく。金巻が申し訳なさそうに一度だけ頭を下げたが、美鈴に向けられた舌なめずりには星宮もゾッとした。
「俺たちは別のルートで行こう」
藤堂たちの背中が見えなくなると、月野が言った。
陽太は寄り添うように美鈴の隣に立ち、美鈴を挟んで星宮が並ぶ。
三人の背中を目の前にして、月野は背後を振り返る。人気のないじっとりとした夏の始まりだけが、ポツンとそこに落ちている。




