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異世界が来い!レベル∞のリトライ英雄譚  作者: RUIDO
レベル.4 グランドクエスト 後編
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5-5 レベル4の会合 前編

 樹美鈴いつきみすずを秘密基地に残して、高杉陽太たかすぎようた月野卓郎つきのたくろうは装備を整えて公園のベンチに腰を下ろしていた。

 予定の時刻まで一五分。陽太は籠手をはめ、周囲に視線を走らせる。一方、月野は手持無沙汰で右手の鎖をじゃらじゃらと鳴らしていた。

「誰も来ないな」

 少なくとも二つのパーティが現れると二人は予想していた。

 一つはケムリのパーティだ。素性を明かさない名前通り煙のような男。どんなパーティが現れるのかは想像もつかない。

 もう一つは藤堂大悟とうどうだいごが率いるパーティだ。大方筋肉隆々のラグビー部のような集団が現れると思っている。だが、公園にはそれらしき人影は見当たらない。

 そもそも寂れた団地の公園だ。散歩程度にうろつく人影はいても、周囲に気を配るような人間の姿はない。

 時計の針だけが足早に時間を刻んでいく。

「もうすぐ時間だぞ」

 しびれを切らしたように月野は言った。互いに視線を振り回すが、やはり、それらしき姿は見えない。

「騙されたか」

 ちらりと視線を秘密基地へと向けた。わずかにベランダに美鈴の姿が見える。陽太が視線を向けたことに気が付いたのか、美鈴は指先が見える程度に手を振った。

 陽太たちにはケムリと藤堂の繋がりは見えない。最悪の場合、藤堂とケムリが共謀し、悪戯にけしかけてきているのかもしれない。そうなれば、危険なのは一人で秘密基地に残されている美鈴だ。

 二人は臨戦態勢のまま秒針の足音を静かに聞いていた。

「お待たせ」

 楽し気な声が二人の間で響いた。すかさず二人は飛びのいた。陽太は剣を振り抜き、月野はつんのめって地面に倒れた。

 メガネをかけた少年が立っていた。右腕には会長と書かれた腕章をぶら下げていた。

「わっ!」

 会長と対峙した二人の背後で再び声が響く。幼さの残る声に陽太は振り向かなかった。代わりに地面にうつ伏したままの月野が右手をかざした。

 そこには小さな女の子がいた。ぬいぐるみを抱きしめて、怯えた表情を浮かべた月野を見下ろして楽しそうに笑っていた。

「趣味が悪い」

 足音を立てて近づいてきたのは背中に縦長の袋をぶら下げた女性だ。一見すると中に竹刀でも入っているように感じた。

 その隣には灰色のパーカーのフードで顔の半分を隠したケムリがのっそりと半歩遅れて歩いてきた。

「随分お待たせしたようで」

 ぺこりと頭を下げ、ケムリは軽快に笑い声をあげた。その声が月野に向けられていると知り、月野は慌てて立ち上がった。

「君たちが樹さんのパーティだね」

 会長は微笑み向けて陽太を見た。その表情と裏腹に目は笑っていない。声のない命令に静かに首を縦に振った。

 それでいいとばかりに会長はベンチの前に回り、腰を下ろした。

「僕のことは会長と呼んでくれ。そっちはカタナ、こっちはワッパ。ケムリとはもう会ったね」

 女性、子供、ケムリの順で目配せをする。ワッパは小さく会釈し、ケムリはへへへと薄ら笑いを浮かべる。カタナと呼ばれた女はそっぽを向いているだけだった。

 カタナはノースリーブのシャツにジーンズだ。浅黒い肌は寡黙な彼女の性格とは裏腹に活発さを醸し出している。太陽の下にさらされた二の腕には交錯した日本刀の入れ墨が施されている。

 一方ワッパは正反対に雪のように白い肌と黒い長そでにひざ丈ほどのスカートを穿いている。腕に抱きしめたクマのぬいぐるみはよほど重宝されているのか、ところどころつぎはぎが目立った。

 会長は夢ケ丘市立第三中学校の制服を着ているが、生徒会長の顔や名前などいちいち覚えていない。

「他の二人は?」

 静かなトーンで会長は問い詰める。月野は首を横に振り、代わりに陽太が応えることにした。

「部活だ」

星宮灯里ほしみやあかりさんか。樹さんは?」

「藤堂に狙われてる。ここには連れてこれなかった」

 陽太は素直に白状した。月野が責めるような目を向けていたが、その目よりも会長の視線の冷たさの方がよほど戦慄した。

「先生をつけろ、クソガキィ!」

 少し離れたところから藤堂は声を張り上げた。悪口には敏感らしい。とてもじゃないが、今の陽太の声が聞こえるような距離ではない。鼓膜にも筋肉ついているんじゃないかと思った。

 その背後には三人の男だ。一人は天然パーマと思しき、ひょろ長い男性だ。なぜか授業で使うようなでっかい三角定規を手にしている。

 もう一人は小太りの中年。まるで、今、サウナから出てきたと言わんばかりに顔じゅうから汗があふれ出ている。

 最後の一人は老人だ。腰を曲げて杖を突いている。他の三人にわずかに遅れて歩いてきた。その顔にはどこが目なのかわからないほど皺が刻まれている。

 先頭に立つ藤堂もまた竹刀袋をぶら下げている。明らかに竹刀には見えない大きな刀身が袋の外からも判別できた。

「高杉!樹はどうした!」

 とても教師とは思えないドスの利いた声だ。カタナが邪険そうに眼差しを向けると藤堂はわずかに怯んだ。

「こっからはあっしが仕切りますぜ。こっちのメンツはカタナ、とワッパ。あとは先生ならわかりやしょう。お前さんとこのメンツの紹介もお願いしやすぜ」

 中心に立ったケムリはゆったりと藤堂に視線を向けた。藤堂はカタナに目を向け、じゅるりと音を立てて舌なめずりをした。

「どーもどーも、あたしゃしがない金融屋の金巻かねまきと言います」

 小太りの男が胡散臭い声を上げて前に出た。小さく会釈して、ケムリに名刺を手渡した。ケムリは恐る恐るそれを手に取り、興味なさそうに一瞥しただけでポケットに突っ込んだ。

「こちらは横島よこしま先生。小学校の先生です」

 横島と紹介された男は目の下の隈を歪めて笑った。その目線はワッパに釘づけた。

 ワッパは視線から逃れるように月野にしがみついて顔を隠した。それを見て横島はうへへへと奇妙な笑い声をあげた。

「こっちは私と藤堂先生んとこの町内会の会長の更田ふけたさん。今年で八七歳、でも、居合切りの達人なんですよ、すごいですよねー」

 更田という老人はえ?といって、左手を耳に当てて聞き返した。しわくちゃの唇の向こうに歯は見えない。デコボコとした歯茎だけがちらりと覗いた。

「お前さん方の装備を見せていただけませんかね」

 ケムリがやんわりとした声で要求した。その瞬間、空気がぴりついた。

 笑顔を貼りつけた金巻ですら怪訝そうに眉を顰めるのが分かった。

 藤堂が再び怒声を上げようとするのを金巻が慌てて手で制した。ここは任せろ、とばかりに金色の犬歯を見せて親指を立てた。

 その姿を見て、藤堂は腕を組んでフンと鼻息を鳴らせた。

「こっちは藤堂先生以外戦いに向いてないんですよぉ。こっちから手の内をあっさり見せるのは、ちぃっとばかり不安なんでね。そっちのお姉さんもお兄さんもみんな強そうじゃないですか。出来ればあたしはそちらさんに先に手の内を見せていただきたいものですがねぇ」

 金巻は顎の下の肉をプルプルと震わせて媚びた。だが、どう見てもただの狸だ。下卑た笑みから、下心が見えかくれする。

「あっしはこれでさ」

 だが、ケムリは了解したとばかりにあっさりと煙草を取り出した。その煙を吸い込み、ふぅ、と息を吐き出すと周囲が焦げ臭い煙に包まれた。

「そっちのカタナは見た通りの剣士でさ。ワッパはぬいぐるみを使う。大きくも小さくも重くも軽くも自由自在。他の方々は見た通りでさ」

 ケムリの視線が陽太たちに向けられた。陽太は鞘に収められた剣をぐいと突き出し、月野もしぶしぶ右手の鎖を鳴らして指輪を見せた。

 会長は涼し気にその様子を見ている。陽太の目には会長が武器を携えているようには見えない。だが、金巻は納得したようにブヒと鼻を鳴らした。

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