表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界が来い!レベル∞のリトライ英雄譚  作者: RUIDO
レベル.4 グランドクエスト 後編
53/79

5-4 レベル4の足音

 高杉陽太たかすぎようた樹美鈴いつきみすずが目を覚ましたのは甲高い悲鳴のせいだった。

 陽太は寝ぼけた顔で飛び上がり、とっさに枕元に置いてあった剣を手に取った。

 美鈴は諦めが悪いのか、必死に陽太の体にしがみついて夢の中に戻ろうとしていた。

 ベランダから射し込む光はまばゆい。陽太は思わず目を細める。

 わずかに見えた視界の向こうで、星宮灯里ほしみやあかりが顔を真っ青にして立ち尽くしている。

 なんだ、とばかりにため息を吐き出し、陽太の体は寝床に引き返す。

 あれ、寝袋のファスナーが開いている。ん、なんだろ。あったかくて、柔らかくて、おおき

 ハッとして目が開いた。それと同時に猫よりも大きくジャンプした。するりと美鈴の腕を抜け、陽太は薄汚れたフローリングの上に両足を叩きつけた。

 ダン、と響いた音に美鈴がビクリとして目を開いた。

「あかりぃ、おはにょ~」

 のんびりとした美鈴の声。その声に星宮の体がわなわなと震えた。

「帰る!」

 朝練の途中に寄ってくれたのだろう。ジャージに身を包んだ星宮は汚らわしいものを見るような目線を陽太に叩きつけるとそそくさとベランダから出ていった。

 冷や汗を浮かべる陽太とまだ眠たそうな美鈴だけが、その場に残された。

「陽ちゃん?」

 ダラダラと噴き出る汗を顔に浮かべる陽太を見て、美鈴は不思議そうに声を出した。

「お、おはよ」

 こわばった声を聞いて美鈴はにへらとだらしなく、そして、幸福感に満たされたような顔で笑みを浮かべた。

「おはよぉ」

 間の抜けた声だ。それと共に胸にぶら下がった肉塊をたゆんたゆん揺らして、女豹のようにじりじりと距離を詰めてきた。

「顔洗ってくる!」

 ガバッと飛びついた美鈴を躱し、陽太はベランダから出ていった。

 その背中を不思議そうに見つめた後、美鈴は自身の格好に気が付いた。

 胸の下あたりまでパジャマがはだけていた。美鈴は初めて茹蛸の気持ちを理解した。

 外へ飛び出した陽太は団地の目の前にある公園にたどり着いた。団地自体は閉鎖されているが、公園にはまだ人の足がある。

 おかげで公園の水道はまだ生きている。お世辞にも綺麗とは言い難かったが、今はとにかく頭から水を被りたい気分だった。

 陽太はタオルを用意していないことも忘れて、蛇口から勢いよく飛び出す滝の中に頭を突っ込んだ。

 邪念を振り払う修行僧のような気分だ。ざぶんと津波に飲まれたように視界が水浸しになった。

「ワイルドでござんすね」

 ふと背後で響いた声に陽太は思わず飛び上がる。後頭部は蛇口にヒットし、激痛が全身を震わせた。

「朝から何の用だ」

 頭から被った水を手で払いのける。堂々と向き直って見せたが、髪の毛から滴る水が、捨てられた子犬のようだった。

 目の前には灰色のパーカーを着込んだ男が立っている。男は無言でハンカチを取り出し、陽太は渋々それを受け取って顔を拭いた。

 彼に返す頃にはハンカチはびしゃびしゃになっていた。

「最近の若いもんは、とはよく言うが、昨日はお盛んだったようでなによりさね」

 くくく、とケムリは押し殺したような声で笑った。

「見張ってたのか?」

 陽太が詰め寄るとひょいとケムリは身を引いた。

「あっしに覗きの趣味はございやせんよ」

 やんわりと否定するが、ケムリの笑みは小ばかにしたように続いている。

「それより」

 敵意をむき出しにして睨み付ける陽太を見て、ケムリはようやっと本題に取り掛かろうとした。

「召集でござんす」

 何の、とは聞かなかった。

「どこで」

 他のプレイヤーとまみえる。

「ここでござんす」

 それは運命の瞬間である。いや、運命が交わる瞬間だ。

 陽太は濡れた髪を絞るように頭を撫でた。

「時間は四時間後」

「どうして今日何だ」

 一瞬だけ、ケムリは苛立ちを見せた。

「今日じゃなきゃだめだからでござんすよ」

 そう言葉を残して、ケムリは姿を消した。

 ループはまだ来ていない。なら、なぜ今日だ。モンスターの近づいてくる足音が聞こえたとでも言うのか。

 まだ姿形も見えない者の足音が聞こえる。それはいったいどれほど巨大な足音だというのか。

「陽太!」

 頭上から声が降り注ぐ。視線を上げれば、黒衣を纏った月野卓郎つきのたくろうの姿があった。

 どすん、と尻餅をついて地面に落ちた。

「見事な着陸だな」

 月野の手を掴んで起き上がらせる。

「その頭どうした」

「水浴び」

 そうか、とだけ言って、月野は腰に手を当てて呻いた。

 同時にポケットからスマートフォンを取り出す。

「見ろ」

 ニュースの動画だ。時間は二〇分ほど前だ。

 スマートフォンは一瞬ブラックアウトした。故障かと思ったが、どうやら夜の闇を映しているようだ。

 暗闇の中で無数の影が動いている。

 土色の巨腕(クレイビースト)だ。列を成して行進している。さらにその奥には暗闇を這う蜥蜴(ブラインドリザード)が追い立てるように尻尾を振りかざしている。

 陽太たちが相手にしたものよりも一回り大きい。さらには翼が生えた姿は蜥蜴というよりもドラゴンだ。時折漏れる荒々しい鼻息は小さな黒炎を同時に吐き出している。

暗闇に燃える竜(ブライトドラゴン)ってところだな」

 月野は尋ねてもいないのにモンスターの名前を教えてくれた。目だけでありがとう、と告げると再び動画に目を向ける。

 行進速度はすさまじい。まるで、本当にドラゴンが追い回しているかのようだ。それでいて、その列を乱す者はいない。

「これはいつどこで」

 陽太の質問を待ってましたとばかりに月野はスマートフォンを操作する。

「時間は今朝の四時。南の方の街だ。治安の悪い街のビルからでてきたって、今はどこにいるかわからない」

 ヤクザの入り浸っていたビルだという。モンスターたちが外へと放たれた後にはヤクザの姿はどこにもなかったらしい。

「どういうことだ」

 二人は秘密基地へと歩を進める。

「入ったのを見た奴はいる。でも、出てきたのは化け物だけだ。食い殺されたわけでも、奴隷にされてるわけでもない」

 入口へと向かい階段を上る。声を潜めても二人の声はじんわりと山彦のように響いていた。

「じゃあ、どこに行ったんだよ」

 月野は首を横に振る。

「これが御伽噺としてだ」

 前置きを一つおいて月野は足を止めた。最上階はもう目の前だ。

「人が怪物になるのはあり得るか」

 その問いかけに陽太は閉口する。人間が怪物に変身するなど、それこそ神話のような物語だ。

 仮にそうだとしたならば、今まで戦った相手は元々人間だったということになる。そうだとしても人間らしさなど見当たらなかった。

 野性的な暴力と残虐性の塊だ。知性も理性の欠片もない。そんな生き物が人間だと言えるのか。

 人間だった、としても、人間を怪物にする理由とは何だ。何のために人間を化け物に変える必要がある。

 月野は陽太の思考を読み取ったようにヒントを与えた。

「マンハッタンの蛇男」

 始まりの蛇(ベルゼブブ)と呼ばれる右腕が蛇の男。それもかつては普通の人間であり、何らかの理由により、理性を取り戻した。

「他にも生きた名前のない騎士(デュラハン)を捕まえたってあった」

 どちらも海外のニュースだ。それらが本当にゲームと関係があり、なおかつ、今の疑問に対する答えになるのか。どちらにしても確かめようはない。

「だめだ、わからん」

「そうだな。早く行こう、美鈴が待ってる」

 二人は考えるのを止め、階段を再び昇り始めた。

 扉を開き中に入る。相変わらず手つかずの廃墟はかび臭く、埃っぽい。

 思わず月野がむせた。

「あぁ、そういえば」

 ベランダへと足を向ける。

「ケムリが来た」

 月野は足を止めた。

「なんで!?」

 なんで早く言わない。なんで来た。

 月野のなんでという言葉には両方の意味が込められている。

「召集だと言っていた」

 隣の部屋に続く仕切りを開き中に入る。

 陽太が先に体を滑りこませ、続いて月野が体を滑りこませる。

「あいつらも気づいたか」

 その言葉に頷きながら正面を見て、陽太は動きを止めた。月野も陽太の視線を追いかけ、動きを止めた。

 ソファの上に戻ろうとしたのか、下半身をソファに乗せ、上半身を寝袋に突っ込んだまま身動きしない美鈴の姿があった。

「どうにかしろ」

 めくりあがったパジャマからは美鈴の臍が見えている。月野は耳を赤くしてベランダから空を見上げた。

 陽太はため息を吐き出して、美鈴のパジャマを元に戻してあげることにした。

 寝袋の下からは美鈴の鼾が静かに響いていた。

 犬や猫というよりもブタのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ