5-2 レベル4のボーボー
ふざけて書いたギャグ回、内容的には本編とあまり関係ないので読み飛ばしても大丈夫です。
樹美鈴は寂しがり屋だった。平日は一人、放課後には高杉陽太たちが秘密基地のマンションにいるが、夜になればまた一人だ。
時折、月野卓郎が空を飛んで見回りに来てくれるが、それでも、寂しさは紛れなかった。
「明日休みじゃん!」
金曜日の放課後である。部活に顔を出してきた星宮灯里が遅れて到着した。
薄汚れた隣の部屋を通り、ベランダから秘密基地を覗き込むと、わずかに開いた窓ガラスの向こうで、美鈴が珍しく目くじらを立てていた。
美鈴と対峙する二人は困った顔で頭を掻いていた。
「どうしたの?」
ガラリと窓を開けると二人はすがるような目で星宮を見た。とんでもない嫌な予感がして、思わず身を退いた。
「美鈴が泊まってけって」
なんだ、と思った。てっきり外に遊びに行きたいとでも言うのかと思った。それならば、星宮も目くじらを立てただろうが、一泊や二泊程度で四の五の言うことではない。
「いいじゃん、泊まれば」
そう言って星宮はソファに腰を下ろした。えー、と落胆の声を上げる二人をジロリと睨み付けた。
そもそもこんな薄汚いところに女の子一人なのだ。心細いに決まっている。
「ここに住めって言ったのはあんたたちでしょ。そのあんたたちがここに一泊二泊する程度で文句言わないの」
美鈴は勝利の女神を見るような目で星宮を見ている。その眼差しを受けて、星宮はえへんと胸を張る。
陽太と月野はない胸を見て、ため息を吐き出した。
「わかったよ、じゃあ、今日は陽太。明日は俺な」
月野があっさり言った。
「はぁ!?」
声を上げたのは陽太と星宮だ。陽太が声を上げるのはわかる。だが、星宮が声を上げたのには美鈴も驚いた。
「なんでお前が驚くんだよ」
「え、いや、だって、あ、あんたが美鈴と二人きりなんてだめよ。美鈴にえっちなことしそう!」
星宮の言葉に月野の目は美鈴の胸に向けられる。とっさに美鈴は自分を抱きしめるように両手で胸を隠した。
「し、しねぇよ!俺、女に興味ねぇし!」
月野の必死の言葉に今度は陽太が自分を抱きしめた。
「そういうことじゃねぇ!」
月野は乱暴に陽太をどついた。陽太はてへぺろと笑った。
「じゃあ、今日も明日も陽太が泊まれよ!」
名案とばかりに声を張り上げるが、それも星宮は却下する。むしろ、月野が泊まるということよりも大反対だ。
「じゃあ、お前が泊まれよ!」
星宮は答えあぐねる。部活動はほとんど出ていないのだ。このままではレギュラーを下ろされる。そもそも土日くらいは朝から出ないと怪しまれて仕方ない。
「灯里はだめだよ。部活だもんね」
星宮が答えられずにいると、美鈴が申し訳なさそうに言った。そんな表情をされれば、星宮の方が申し訳ない。
「いいよ、俺が泊まるよ」
美鈴の声に困惑した表情を浮かべる星宮を見て、陽太が諦めたように言った。
「だめ!」
星宮が吠える。その声にみんなの視線が向けられる。
どうして、とみんなが無言で問いかけるが、星宮にも答えが出てこない。
「大丈夫だよ、灯里。昔はよく陽ちゃんちに泊まったし」
といっても幼稚園の頃だ。美鈴が陽ちゃんを可愛いといっておかげで、美鈴の父親は陽太を女の子だと思って宿泊を許可した。また、陽太は美鈴のことを樹と呼んでいたため、美鈴を男の子と思い、許可した。
高杉夫妻は愛らしい少女が訪れたことに驚きはしたが、まだ幼稚園児だ。
一緒のお風呂も許可し、一緒の布団で寝ることも許可した。陽太は当時のことをあまり覚えていないが、美鈴にとっては大切な思い出として残っている。だが、星宮は衝撃を受けた。
一緒のお風呂、一緒の布団。星宮の頭の中で膨れ上がるのは成長した二人の姿。
「ボーボーだよ!今、ボーボーなんだよ!」
まるで、大火事だ。星宮は背中に火が点いたかのように慌てふためいて騒ぎ立てた。
「えーっと、どっちが?」
月野が素朴な質問を投げた。星宮は一瞬陽太の顔を見て、視線を下ろして、慌てて美鈴を見た。
「ちが!ボーボーじゃない!ボーボーじゃないもん!」
美鈴は顔を真っ赤にして両手を振り回す。必死に星宮の視線から逃れようとソファに置いてあったクッションを抱きしめた。
今度は月野と陽太が美鈴を見て、クッションを見て、ゴクリと生唾を飲んだ。
「何考えてんのよ!」
その音を聞いて星宮が陽太の頬にゲンコツを投げつける。なんで俺だけ、と響いた声に月野はほっとした。その瞬間、月野の顔面に美鈴の靴が投げつけられた。寄りにもよって踵の角が右の瞼に突き刺さった。
もんどりうった月野をしり目に陽太は頬を押さえて、視線を彷徨わせた。
「じゃあ、やっぱり星宮が泊まればいいじゃん」
ボーボーが泊まれよ、と起き上がりかけた月野の左目に星宮の靴が投げつけられた。
「私はまだ生えてない!」
・・・。
思わぬカミングアウトに時間が止まった。数秒間の沈黙は星宮の意識を正常に稼働させるにはちょうどいいタイムラグだった。
ハッとして我に返ると陽太が明後日の方向に向けて困惑の表情を浮かべ、その背後では腹を抱えて笑いをこらえてピクピクと震えている。
助けを求めて美鈴を見たが、美鈴は一瞬目を合わせたが、バッと顔をクッションに埋めた。
言葉を紡ぐ気にはなれなかった。ただただ血液が氾濫したように頭に昇り詰めていくのを感じる。そのまま鼻や耳から飛び出すんじゃないかと思った。
「帰る!あたし帰る!帰るったら帰る!」
星宮はソファに置いたカバンをむんずとつかむと逃げるようにベランダに消えた。かと思いきやそそくさと部屋に戻ると月野の傍に落ちていた自分の靴を履くと、再びベランダの向こうに姿を消した。
「じゃあ、今日は陽太に任せるぞ」
その後を追いかけるように月野はそう言い残して、ベランダから空へと飛び立った。
「あ、おい!せめて準備するから、それまで残ってくれよ!」
月野は一旦空中で動きを止めると、指先だけでさよならを告げて、空の彼方へと姿を消した。
「クソ」
せめてパンツくらい新しいものが欲しかった。陽太は諦めたようにその場で項垂れた。
「陽ちゃん、陽ちゃん」
いつの間にか隣に腰を下ろした美鈴はクッションを抱きしめたまま陽太の肩を指先でつついていた。
「その、陽ちゃんはまだ?」
と、頬を朱に染める美鈴を見て、陽太は頬を朱に染めた。




