5-1 レベル4の創世記
それはあるテープレコーダーの記録である。
君の名前は。
わかりません。
目撃者が言うには、君は四人の男と乱闘騒ぎを起こしていたそうだな。
わかりません。
死体はどこだ?
わかりません。
なんでこんな物騒な槍を持っていた。
・・・ゲームです。
ゲーム?
最初は神様に選んでもらえたと思いました。僕は下水道で蛇の男と戦いました。
始まりの蛇かい。
少しの間。
僕はあいつに殺されました。首を撥ねられたのです。
でも、今はくっついているね。
少し緩いんです。飲み物を飲むと繋ぎから少し零れちゃって。
は、は、ははは、じゃあ、君がこの写真の首のない騎士で間違いはないのかな。
そうだと思います。
人を襲ったね。
わかりません。
・・・ゲームは誰と始めたんだ。どっかの宗教の連中か、それとも、もっと大きな研究組織とかかな。
わかりません。神様だと思っていました。
何か思い出すものはないかな。例えば、手術台で改造されたとか、その病院とか、誘拐される前でもいい。君の体がそうなる前はどこにいたんだ。
マンハッタンの下水道で死んだことくらいしか。その前も生きていたとは言い難いですけど。
君はこうして私と会話している。私には君は生きているようにしか見えない。だから、君と会話しているんだ。
僕は捨て子です。路上で育ちました。いつも死にそうなほど飢えていました。壊れたゲーム機が唯一、僕の生き甲斐でした。
つらい人生だったんだね。それで、金に目がくらんで体を売ったのか。
僕の御霊は神様にしか捧げたことはありません。神様から与えられた肉体を、他人に売り渡すような真似はしません。
さぞ信心深い子だったのだね。神も君をお救いになるだろう。
いいえ、僕は悪魔に騙されたのです。
始まりの蛇かね。彼が元凶なんだね。
いいえ、蛇もまた神を名乗る者に騙されたのでしょう。僕はそいつの名前を知っています。
いいぞ、思い出してきたね。その人物の名前と特徴を教えてくれ。
短パンにパーカーを着込んだ少女です。名前はエバ。
エバ、とは旧約聖書の創世記の?
創世記?
有名な話だよ。最初の神がおつくりになった最初の人類だ。アダムとイヴさ、エバとはイヴの別称だね。しかし、彼女は人間だ。悪魔ではない。
僕は旧約聖書も創世記も知りません。僕は僕が見た現実を話しているだけです。エバが僕の頭を奪い、姿を変えて人殺しをさせた。そして、僕に生きろ、と命じたのです。
人殺しを継続しろということかい。
いいえ、好きに生きろ、と。それを僕が望んだことだと。
君は何か宗教団体に入っていたりしたかい。
いえ、僕は孤児でしたから、拠り所は神様だけでした。
そうか、そうか。わかった、ありがとう。また思い出したことがあったら、早急に頼むよ。君を迎えに来たがっている者がいるんだ。
僕を?一体誰ですか。
君の母親だ。
僕に母はいません。いたとしても、いまさら、こんな姿の僕を迎えに来るなんて。
それこそが神の御導きかもしれんな。幸運を祈るよ、名前のない騎士。
椅子を引く音。足音、扉のノブをひねる音と少年のか細い感謝の声が聞こえてきた。
尋問は終わりましたよ、ミス。
えぇ、感謝します。やっと息子に会えるんですもの。
失礼ですが、彼の名前は?彼はなかなか名前を言いたがらなくてね。
アダムと言います。私が信心深かったもので、少しでもあの子が神の元に辿りつけるように願い、つけたものです。
良い名ですね。アダムは少し記憶障害があるようです。まずはうちの者が貴方と息子さんを病院に連れていきます。少しの間ですが、二人の身柄はお預かりします。彼には殺人事件の関与もあります。当分はお二人の時間は取れませんがご容赦ください。
えぇ、その心配は無用ですわ。私は国の研究施設から来ましたから。病院も結構です。当分、彼は私どもの施設で面倒を見ますから。
で、ですが、事件のことを。
死体も出ていないんでしょう。それなら、証拠と令状を持ってから来て下さい。第一国の監視下にあるんですから、問題はありませんよね。車は外に用意しています。それでは。
あ、ちょ、ちょっと!あ!クソ、電源入れっぱなしじゃないか。
テープレコーダーはそこで途切れていた。




