4-9 レベル4の生徒会
生徒会、と書かれた教室の中には机と椅子が五組並べられている。窓際からそれぞれに会長、副会長、書記、経理、庶務、と書かれている。
「会長、体育祭の出し物でこんな案も出ています」
会長と呼ばれた少年は会計と書かれた腕章をつけた少女から書類を受け取った。
夢ケ丘市立第三中学校では、生徒の自主性を重んじて、体育祭や文化祭と言った行事を生徒会役員が主導権を握って行っている。
そのために生徒会役員は、それなりに賢さを求められる。
会長、と書かれた腕章をつけたメガネの少年は書類を見て、うんざりした。
「これじゃ文化祭と被るよ」
メイド喫茶と書かれた書類を会計の女子に突き返した。
「でも、会長。面白そうじゃないですか?体育祭で疲れた男子の癒しに女子のコスプレ!ロリコン父兄からもガッポリ稼いで経費削減ですよ!」
賢さは求められるだけで、実際に備わっているとは限らない。会計の役職を与えられた少女は少し金銭に対してこだわりが強すぎた。
「学校の行事は商売じゃないんだ。それ経費が掛かりすぎる。これじゃプラマイゼロだ。いや、むしろマイナスの方が大きいんじゃないかな」
会長は端的に言った。会計はふてくされたように唇を尖らせた。
「会長の言う通りだ。衣装代もバカにならないんだ」
副会長と書かれた腕章をつけた少年がため息を吐き出した。
「副会長は味方だと思ったのに!」
会計は吠えた。だが、彼女に味方するものはいなかった。
メイド喫茶は却下、とノートにメモをする書記と書かれた腕章をつけた少女も素知らぬ顔で、そのやり取りを見ていた。
「体育祭は文化祭と違って経費はあまり出ないんだよ」
会長が申し訳なさそうに笑うと会計は諦めたように机の上に体を投げ出した。
「それより今年は組体操がなしになった。去年、怪我人が出てから、教育委員会の方から危険性が伴う競技と打診があってね。今年はそれに代わる競技を考えないと」
椅子を蹴り上げるように立ち上がったのは庶務と書かれた腕章をつけた少年だ。
「今さらですか!?もう練習も始まってるのに!」
「お金にならないしね~」
と、会計。
「そういう問題じゃない。先生方からもいくつか案はもらっている。今度の委員会会議までに三つまで絞って、クラス委員と調整しよう」
各クラスごとに体育祭などの行事に参加する行事委員は決まっている。男女一組で生徒会メンバーを含めた総勢二八人で会議を行う。といっても、基本的には多数決を執り行う場であって、会議とは名ばかりのたまり場のようになっている。
「だるい」
書記は面倒くさそうにペンを置いた。
「あ~、書記長がまたサボろうとしてるー」
会計が食いつく。副会長がメガネの奥でジロリと睨みを利かせた。
「話を進めるよ」
副会長の低い声に会計はシュンと肩を落として頷いた。書記も気怠そうにペンと握りなおした。
「これコピーして」
会長は机の上に置いてあったプリントを副会長に手渡した。副会長はすぐには受け取らなかった。
メガネ越しにじっと睨みつけたが、会長は気にも留めていない。渋々それを受け取ると、悪いね、余裕の笑みを向けた。かり
プリントには様々なスポーツが書かれている。大玉ころがしや借り物競争、障害物競走などのオーソドックスな競技から、後ろ向きに走る逆走リレー、風船割り競争といった少し珍しい競技なども書かれている。
プリントをそれぞれに配り終えると副会長は足を組んで席に着いた。
「逆走リレーは少し危ないな。風船割り競争は面白そうだね。障害物、・・・は用意が大変そうだ。あとは大玉なんてあったっけ?」
会長は上から順に競技を読み上げた。庶務はワクワクした様子でプリントに目を通し、書記は黙々と独り言のような会長の言葉をメモしている。
会計はお金が取れないとなると興味なさげにプリントを見ている。
「借り物競争でいいんじゃないか。父兄が持参したものなら経費は掛からない」
副会長の提案に会計と庶務は賛成した。答えあぐねている書記を無視して会長が反対の声を上げる。
「最近はシングルマザーなんかも多い。ましてや両親が体育祭に参加できる親だって少ないんだ。差別的な考え方になるかもしれないけど、そういう家庭の事情も考慮しないと」
一昔前に比べると体育祭などの行事に顔を出す父兄の数は随分と減った。実際にシングルマザーやシングルファザーは増えている。それに土日の休みが当たり前の仕事というものも減少している。
おかげで一時は学校行事も平日に行うべきだと主張する団体なんかもあったりする。
「じゃあ、生徒間でやり取りできるものは?例えば、友達や身体的特徴が合う人でもいい。これなら父兄との間に問題があったとしても、借り物競争自体は問題じゃないだろ」
「いや、クラスに馴染めていない生徒もいるかもしれない。僕も耳にはしないが、クラスによってはイジメなどもあるだろう」
「参加型競技として、生徒の自主性に任せる」
「そこまで借り物競争にこだわらなくてもいいだろう。風船割にしよう」
話はここまでだ、とばかりに会長は副会長との議論を終わらせた。納得のいかない顔で副会長は会長の横顔を睨み付けていた。
会長はこれで決まり、とばかりに話を進める。
会会議とは名ばかりの会長の独裁政権である。異議を唱えても彼は聞く耳を持たない。
会長と副会長は水と油である。決して混じり合うことの出来ない存在だ。
表ざたに喧嘩などはしないものの、こうなった時の副会長の不機嫌そうな態度は見ている者が委縮するほどだ。
「だいたいまとまったし、これでいいだろう」
結局三つまで絞ると言っておきながら、会長は自分が提案したもの以外をバッサッバサと斬り捨てた。
最終的に残ったのは風船割競争だけ。異論を唱えようとあっさりと正論で力づくで説き伏せられるのだ。
誰も異論は唱えなかった。
会長の終了の言葉に生徒会役員はよっこらせと腰を上げた。
「有意義な会議だったね。これで委員会も楽に終わらせられる」
隣の席の副会長に笑みを向けるが、副会長はジロリと睨み付けただけだ。
「お前みたいな男が生徒会長とは、我が校の恥だな」
「いつになく強気だね。でも、僕が生徒会長なのは、全校生徒の意思だ。君じゃなくてね」
そう言って会長は席を立った。二人の様子を見守っていた他の役員たちに笑みを掛けて、ぞろぞろと生徒会室を出ていく。
「鍵を掛けておいてくれよ」
扉の向こうで会長は笑った。その目を見て副会長は怒りに肩を震わせた。
言葉を紡ぐまもなく、会長は扉を閉めた。廊下から四人の楽しそうな声が響いてきた。
なぜ僕じゃない。なぜアイツなんかが会長なんだ。
憤りに身を任せ、右手に嵌められたレッテルを引きはがす。
「僕こそが生徒会長に相応しいんだ」
ぎりぎりと奥歯を噛みしめ、副会長は拳を机に叩きつけた。




