4-6 レベル4のPVP
夢ケ丘市立第三中学校では体育祭に武道大会が開かれる。といても、子供だましのお遊びである。
ゴム製のバットで互いの頭、胸、腰についている紙風船をたたき割った者の勝ちというルールだ。
自由参加できる競技だが、リレーに次ぐ体育祭の目玉と言われている。
この時期になると体育の授業の数も増える。たださえ見たくもない藤堂大悟の嫌な顔を見る機会が増えるのだ。
高杉陽太は出来るだけ藤堂との距離を取るように心がけていたが、近づいてほしくないという表情を浮かべていればいるほど、藤堂はずけずけと近づいてきた。
今は徒競走の練習中だった。よーいどんの合図もストップウォッチを持っているのも生徒。
藤堂は手持無沙汰だった。すでに走り終えた陽太も同様だった。おかげで逃げ場を失った。
「思ったより早いんだな」
クラスメイトとも距離を取っていた陽太に藤堂は気さくに声を掛けた。
藤堂が生徒に声を掛ける時は、ろくなことがない。特に男子に話しかけるなど、天変地異の前触れだと思った。
「はい」
適当に生返事を返す。藤堂は陽太の目の前にしゃがみこんだ。
視線を逸らそうとしても無駄にデカい男だ。嫌でも視界の中に藤堂の体が入り込んだ。
「樹美鈴はどこにいる」
ずい、と顔を近づけ、藤堂は詰問口調で言った。
その名前に陽太も視線を上げた。ゴツゴツした不細工な顔で眼前にあった。
「知らない」
じぃと藤堂の目を睨み付ける。藤堂はニッコリとほほ笑むと陽太の肩に手を置いた。
「敬語はどうした」
ぐぐぐ、と肩に力を込められる。陽太は思わず痛みに顔を歪めた。
「樹はどこだ?」
声は落ち着いているが、声とは裏腹に腕に力が入っていくのが痛みでわかる。
陽太はとっさに右足を叩きつけた。反撃されると思っていなかった藤堂はドスンと尻餅をついた。
一瞬、何をされたのかわかっていないようだった。だが、上着についた陽太の靴底の跡を見て、一気に血液が沸騰した。
「きさまぁ!」
怒号を上げる藤堂は座り込んだまま陽太の足を掴もうとした。とっさのことだった。
陽太は思わず片方の足で藤堂の手を蹴り飛ばして距離を取った。
藤堂の怒号にグラウンド中の視線が二人に向けられた。月野卓郎と星宮灯里も何事かと立ちあがった。
「何様のつもりだぁ!」
体育会系のノリというものは嫌いだ。特に親分気質のタイプは嫌いだ。
常に自分が相手より優位でいないと気が済まないのだ。
ましてや直情的な藤堂など同じ空気を吸うだけで吐き気がする。
藤堂は怒鳴り散らして陽太につかみ掛かる。いつもなら恐ろしくて身動き一つ取れなかっただろう。
幾度となく死線を越えてきたのだ。陽太はスルリと藤堂の手を避けた。
藤堂にしてみれば、それもまた気に食わないのだろう。躍起になって腕を伸ばす。
「お前が樹を匿っているんだろう!」
藤堂の腕はいつしか握りこぶしを作っている。まともにぶつけられれば、ただでは済まない。
傍観していたクラスメイト達も藤堂の一方的な暴力を目の当たりにして、ようやっと他の教師を呼びに校舎へと駆けだした。
「樹はどこだぁ!」
土色の巨腕と比べたら亀の歩みだ。ましてや怒りに任せた下手くそな拳。
「俺は知らない」
自転車と同じだ。一度乗れてしまえば、体が勝手に覚えてくれる。
容易に拳の雨を潜り抜け、陽太は藤堂と距離を取った。自分でも惚れ惚れする体さばきだ。
藤堂はすでに猪のようだった。だが、猪よりも知恵があったらしい。
地面の砂をひっつかんだかと思うと殴るような動作で投げつけてきた。
思わぬ卑劣な手に陽太は防御に徹するしか出来なかった。だが、陽太の細腕では藤堂の手を止めることは出来ない。
あっさりと防御を潜り抜けた藤堂の腕は陽太の胸倉をつかみあげた。
「俺の女をどこにやった」
陽太の体は軽々と地面を離れた。つま先は空を掻き、呼吸を強制的に止められる。
意識は朦朧としていく。
「藤堂先生!何をしているんですか!」
ふいに止めに入ったのは英語の教師だ。頼りがいのある容姿ではない。だが、慌てふためいた声に藤堂も我に返った。
藤堂は陽太の耳元で何かを囁くとようやっと陽太を手放した。どさりと体が落ち、芝生の上に尻餅をついた。
「なにやったのよ」
頭がぐわんぐわんと揺れていた。星宮に支えられても体を起き上がらせるのも億劫だった。
「アイツ」
徐々に意識がはっきりとしてくる。同時に藤堂が最後に吐き出した言葉を思い出す。
「なに言われたんだ」
月野が心配そうに陽太の顔を覗き込んだ。
藤堂は気の弱そうな英語の教師に教育とはなんたるかと語っていた。
陽太はじっとその背中を睨み付けた。
「どうしたの?」
怒りに満ちた陽太の横顔を見て、星宮は問いかけた。
「アイツもプレイヤーだ」




