4-4 レベル4の容疑者
学校が再開された。朝のホームルームでは樹美鈴の脱走の件と暗闇を這う蜥蜴について話をしていた。
担任の藤堂大悟は高杉陽太、月野卓郎、星宮灯里の様子をねっとりした視線を向けた。
「なんのつもりだ」
月野は敵意の孕んだ視線を返したが、藤堂はすぐにプイと視線を逸らしてしまった。
「二人は幼馴染、一人は親友。俺たちが怪しいとでも思っているんじゃないか」
陽太がぼんやりと言う。実際、藤堂の視線に孕まれていたのは、犯人を見つけたと言わんばかりの疑いだった。
「なんでわかるのよ」
星宮が小声で問い詰める。言葉を向けられたのは陽太だが、月野が代わりに答えた。
「わかってるわけじゃない。容疑者がいるから、犯人と思ってるだけだ」
月野の言葉の通りだ。他に美鈴を匿っているという疑いを向ける人物が教室内にはいないのだ。それ故に、その目は陽太たちに向けられた。だが、同時に証拠はない。
「だから、放っとけ」
そう付け足して月野は黒板へと向き直る。星宮は何かを言いかけたが、教卓に立つ藤堂がじぃっとこちらを見ていたので、口をつぐんだ。
陽太も二人に倣うようにそっぽを向いて静寂を保った。藤堂の目は終始三人に向けられた。
詰問されるでもなく、朝のホームルームを無事に終えた。
教室内のそこかしこでは、もうすぐ始まろうとしている体育祭について語り合っている。
一見、和気藹々と《わきあいあい》したいつも様相を呈しているが、時折向けられる視線に三人は気づいた。
好奇心と恐怖心が入り混じったような視線だ。中には犯罪者を見るような侮蔑の視線も混ざりこんでいる。
「愚民どもめ」
月野はやれやれと言葉を吐き捨てると廊下へと出ていった。それに倣うように陽太と星宮も続いて席を立つ。
三人の挙動に教室内は静まり返り、星宮が扉を閉じると廊下にもはっきりと聞こえるほど、賑やかな声が聞こえてきた。
時折聞こえる三人の名前と美鈴の名前が気になった。
「すぐにほとぼりは冷めるさ」
陰鬱な表情を浮かべる星宮に陽太は笑いかけた。だが、その表情とは裏腹に心の中はざわざわとしていた。
一人でも疑いの目を向ける人間がいるというのは妙に落ち着かない。
「大丈夫だろ」
月野はあっけらかんとして言った。その声にいつの間にか俯いていた顔をハッとしてあげる。
星宮は不器用に笑っていた。
「ごめん」
不安を隠すのは下手くそだった。陽太の隠蔽工作は逆に星宮の不安を煽ってしまった。
「それよりゲームはやったか?」
月野の質問に二人は首を縦に振った。
「グランドクエストってなに?」
星宮の疑問に月野は簡単に説明を済ませた。それを聞いて星宮は少し不安が和らいだようだ。
「じゃあ、今度は楽勝ね」
余裕の笑みを見せるが、それを見ていた二人はがっくりと項垂れた。
二人の様子に疑問符を浮かべる星宮に陽太はややあって答えた。
「今までは四人で勝てるレベルの敵だったんだよ。でも、今度は四人じゃ手に負えない敵ってことだよ」
「つまりボスってことだ。たいていのボスは属性持ちや魔法を使うタイプが多い。遠距離攻撃や範囲攻撃なんかも使ってくるから、数が多ければいいって問題じゃないんだ」
陽太の説明に月野が補足で説明した。不安が募る星宮を見て、ゲームではな、と月野は肩を竦めて付け足した。
例えば、通常の敵は剣などの通常の物理攻撃で倒せる敵が多い。だが、グランドクエスのボスとなると一人では到底立ち向かえるレベルではない。
ただでさえ陽太一人では勝ち目がないのだ。複数のパーティで挑むような敵と成れば、陽太に活躍の場はほとんどないかもしれない。
「俺を誰だと思っている」
不安に曇る二人の表情を見て月野は勝ち誇ったように笑みを見せた。
実際月野の能力には陽太も信頼を寄せている。
「不思議。ただのバカだと思ってたのに」
月野の顔を見て星宮は安堵の表情を浮かべた。
「どうせ俺はただのバカだよ」
皮肉を込めて星宮に言うと、星宮はなぜか得意げに笑って見せた。
「なんだよ」
憮然として問いかけると同時に一時限目の開始を告げる鐘が鳴った。
「高杉も褒めてほしかった?」
「そ、そんなわけないだろ」
ニヤニヤと笑みを浮かべる星宮を押しのけて教室に足を向ける。
「ツンデレか」
月野が詰問するような口調で陽太の背中にぶつけた。陽太は逃げるように駆け足で自分の席へと向かった。




