4-2 レベル4の罪と罰
「まだ残ってたんだな」
小学生の頃だ。高杉陽太が厨二病を患い、質の悪い伝染病のように月野卓郎に感染した年。
二人は二人だけの秘密基地を作ることにした。といっても、子供二人に立派な秘密基地など作れるはずはなかった。
「気味悪いんだけど」
今は人も住んでいない団地だ。一階の窓は破られ、ほとんどの部屋が近所の悪ガキどもに凌辱された。
横長の建物には入口が三つ。上へ上へと連ねられた階段は四階建てで、階段の踊り場にはそれぞれ左右に扉が付き、かつてはそこに一つの家族が住んでいたのだろう軌跡を残している。
その中でも一番奥の入り口、階段を上った一番上の部屋。壊れた扉が一つだけある。
まるで、呪いを掛けられたように開くことは出来ない。大人が試してもダメだった。だが、向かいの部屋のベランダから、その部屋に侵入することが出来る。
ベランダを遮る仕切りのネジを外して開くと、先は秘密基地である。
現在指名手配中の樹美鈴の仮住まいとしては少々薄汚い。姿なき住人が今にも帰れと叫び声を上げそうなほどだ。張り巡らされた夜の帳が、余計に恐怖心を煽っている。
「陽ちゃんの家はダメなの?」
あまりの薄気味悪さに美鈴は怯えたような声を上げた。
「警察官が両親だぞ。絶対だめだ」
「でも、だから安心なんじゃないの?」
星宮灯里も不服を申し立てる。中学生の女子がこれから寝泊まりをするにしては、随分とかび臭い。そのにおいが星宮の表情を歪めさせる。
「大丈夫、警察もそんなに変わらないよ」
怒りすら垣間見える星宮をなだめたのは美鈴だった。
留置所で過ごした幾日は美鈴にとっても耐え難い日々だった。それに比べれば、ここはまだ自由がある。
何よりも一人ではない。その事実だけが、美鈴の心を秘密基地に結び付けた。
「じゃあ、美鈴の家は?」
それでも納得がいかない星宮は次に美鈴に食って掛かった。
「何度も言っただろ。警察もバカじゃない。脱走犯を最初に探すのは美鈴の家だ。俺たちの家にもすぐに連絡が行く」
月野が叱責するように声を張り上げた。その声に逆らうように星宮も押し込めようとしていた怒りを露わにする。
「あんたがあんな派手なことしなかったら!」
「済んだことだ。やめてくれ」
今にも飛びつきそうな星宮を陽太が制した。星宮は怒りに震え、鼻息を荒々しく吐き出した。
それを見て月野はしどろもどろに視線を足元に彷徨わせた。
確かに派手な演出だった。だが、一番手っ取り早く、一番簡単な方法だった。
月野の姿を見た者がいたとしても、建物を揺らす爆発を中学二年生の仕業とは思わないだろう。
身近な者が疑われなくなったのは好都合だ。もちろん、美鈴の罪が重くなったのは、月野の軽率な行動が招いた結果であることは変わらない。
ただ、それでも、見慣れた顔が側にいないということが、落ち着かないのだ。
まるで、独りぼっちになってしまったような寂しさが、心を埋め尽くしていた。
そんな結果を招いてしまった己の愚かさを後悔した。
もう負けない。負けてはならないのだ。
「わかった」
口を閉ざした陽太を見て、観念したように星宮はつぶやいた。交換条件とばかりに星宮は箒と塵取り、雑巾を二人に投げつけた。
それを受け止め、戸惑う月野は助けを求めるように陽太を見たが、陽太は諦めろと目だけで降伏を宣言した。
「せめて明日にしようぜ」
深い夜の中だった。すっかり眠りこけた町のか細い灯りがベランダから転々と見える。
「・・・わかった」
星宮は渋々了承したが、箒と塵取りを月野に投げつけた。月野はとっさにそれを避けた。
「寝る場所くらい掃いて!」
怒気の孕んだ声に月野は面倒くさそうに箒と塵取りを拾い上げた。
星宮もうんざりしたように箒を手に取った。
部屋の中に残っているのは椅子が二つとテーブルが一つ。二人掛けのソファが一つだ。
「ありがとうね」
美鈴はソファに腰掛け、陽太を見上げた。
純粋に感謝を伝える美鈴を見ていられず、陽太はややあってため息を吐き出した。
「いいんだ、その、・・・いいんだ」
この状況に感謝されるとは思わなかった。美鈴の言葉がチクチクと陽太の心をつついていた。
ごめん、という言葉を口にすることが出来なかった。その言葉の重みを知っている。
謝罪とは許しを請うこと。
自分の罪を忘れろ、と命じること。現実を忘れるということ。
彼女の居場所を奪ったのは他でもない俺なんだ。
「陽太、お前も手伝えよ」
言葉を探していた背中に月野の言葉が掛けられた。陽太は一度だけ美鈴を申し訳なさそうに目を向け、月野の方へと歩き出した。
「陽ちゃんは悪くないよ」
美鈴の言葉に陽太は何も答えなかった。




