4-1 レベル4のベルゼブブとデュラハン
少年は屋根のない道端で育った。両親の名前も所在も知らない。彼はただ、自分がゴミと同じ価値しかないのだと思い込んでいた。
金を恵んでくれと通行人に媚び、いつか神様がチャンスを与えてくれると信じて生きることを止めなかった。
たまたまゴミを漁っていた時だった。まだ電源のつく古い携帯ゲームがあった。
少年はそれを嬉々として起動した。だが、電池はすぐに切れてしまった。
それでも、金を溜めては電池を買い、薄暗い路地裏でゲームをして遊んだ。
彼にとって人生の楽しみはそれしかなかった。だから、電池を変えても動かなくなったとしても、それを開けないアルバムのように大事に抱きかかえていた。
再びそれが息を吹き返した時、少年は神の存在を垣間見た気がした。
日常が繰り返した時、彼は神を信じた。ようやっと神が自分を見つけてくれたのだと思った。だから、彼はゲームの指示に従った。
お気に入りの銀のフォークを槍に変え、モンスターと戦った。彼は一人だった。
それでも、神に選ばれた自分を信じた。自分は必ず勝てる。そう信じて敵を屠り続けた。
レベル4.という数字を迎えた時、己の限界を感じた。
たった一人でここまで戦ったのだ。ゲームの主人公のように戦い続けたのだ。
もう十分だった。
左手に嵌められたナビゲーターに九九という数字が描かれた。
少年は最後の瞬間を迎える。深夜零時を待たずして、少年は地上を掛けた。
下水道に住む巨大な蛇を腕に生やした大男と対峙し、その体目がけて槍を放った。
鈍重な男と違い、蛇は俊敏に動き、その槍を受け止めた。刹那よりも短い時間だった。
その槍は方向を変え、少年目がけて空間を切り裂いた。
鋭い刃は少年の首元に突き刺さり、その頭と体を分断した。地面に転がった少年の頭は安らかだった。
「あら、終わっちゃったの」
ふいに現れた少女はそこに張り詰めた剣呑な空気を吹き飛ばすようにあっけらかんと声を上げた。
ヘビの腕を持つ男はぼんやりと虚空を見つめていた。
少女は男を一瞥すると視線を少年の頭に向けた。まるで、眠っているような穏やかな表情に少女は思わず微笑んだ。
「そう、満足したのね」
独りごちて囁かれた言葉に応えるように男は唸り声を上げた。
「あなたもいいわ。赦してあげる」
少女はそっと男の胸に手を置いた。静寂の詰められた胸の中で心臓が息を吹き返す。
「ウ、ヴァ」
男の赤い目がぎょろりと動き、自分の腕と体を見回した。
「気分はどう?」
困惑した表情を浮かべる男に少女は尋ねた。男は目を見開き、目の前の少女を見つめ続けた。
「すぐにしゃべれるようになるわ。もう自由よ。好きにして」
突き付けるように言葉を吐き捨て、少女は倒れた少年の元に歩み寄った。
落ちた頭を抱きかかえ、赤子をあやすように静かに歌を始めた。それは讃美歌だ。
ヘブライ語で語られる古い歌だった。それはとても静かに心地よく響いた。
男も唸り声を止め、じっとその歌に耳を傾けた。
「君はもう少しだけ、働いてね」
安らかに眠る少年の頬に唇を寄せ、少女はそっと囁いた。その声に応じるように、少年の体は起き上がった。
今まで寝たふりでもしていたみたいに飛び上がった胴体を見て、蛇の男は素っ頓狂な悲鳴を上げて、尻餅をついた。下敷きになった蛇が痛みに悶絶した。
「首なし騎士なら、この現実にぴったりね」
少女は心底嬉しそうに笑い声をあげた。
「おあえ、あ、かいさま、なあか」
蛇の男は息苦しそうに問いかけた。少女はにっこりと男に微笑みを返し、昔はね、と一言添えた。
少女は首のない体を抱きしめた。やがて、華奢な体は真っ白い鎧に包まれていく。
「貴方は聖なる騎士よ。あなたの悪を挫きなさい」
首のない騎士はその場に跪き、祈りを捧げるように両手を胸の前で組んだ。
「いい子ね」
少女は少年が手にしていた槍を拾い、それを騎士の前に差し出した。
騎士は槍を握り絞めて立ち上がる。
声のない主の命令に会釈をするように腰を折ると、全身をガシャガシャと言わせて薄暗い下水道を歩き始める。
「オレ、は、」
「あなたのことは知らないわ。チャンスを与え、あなたは勝ち取った」
男は悲しみに暮れた目を少女に向けたが、少女は意地悪に一度だけ笑うと暗闇に溶け込むように姿を消した。
何もない暗闇に向けて男は手を伸ばした。伸ばした腕の先で蛇が男を嘲笑う。
「神よ、俺は何なんだ」




