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異世界が来い!レベル∞のリトライ英雄譚  作者: RUIDO
レベル.3 コンタクト
37/79

3-10 レベル3の目撃者

 朝から舘林清二たてばやしせいじが青ざめた顔で石動玄太いするぎげんたの家に現れた。

 二階建ての一軒家だ。出勤する前の忙しい時間に突然現れた同僚に石動は驚きこそしたが、憔悴しきった表情を浮かべる舘林を追い返すことは出来なかった。面目なさそうに頭を垂れる彼をしぶしぶ家の中に招き、書斎へと通した。

「こんな朝っぱらからどうした」

 ソファの上で項垂れる舘林にコーヒーを差し出し、石動は煙草に火を点けた。

「昨日の樹美鈴いつきみすずの脱走の件です」

 まるで、何時間も叫び続けた後のような掠れた声だった。石動はじっと耳を澄ませた。

 舘林は若く、頭の出来はそこまでよくはないが、熱心な刑事である。

 舘林は昨夜、一人で見回りに出たという。

 暗闇に飲まれた街に恐怖することはなかった。だが、遠くで聞こえた無数の銃声に舘林は車を走らせることになった。

 街のはずれ、港町に続く道の入り口から聞こえた発砲音はマシンガンのように延々と響いていた。

 舘林がそこにたどり着くと道端で跪く樹美鈴の背中が見えた。その手には銃が抱えられ、彼女は何のためらいもなく引き金を引き続けていた。

 樹美鈴が銃を所持し、発砲している。舘林にとって、それだけで彼女を逮捕するには十分な理由だった。

 手錠と拳銃を手に車を降りる。

「動くな!警察だ!」

 舘林の怒声に樹美鈴は猫のように飛び跳ね、銃を足元に落とした。

 その時になってようやっと気づいたが、樹美鈴の隣には黒いコートを着た少年が立っていた。

 少年はブツブツと小声で何かをしゃべっていた。

「両手を上にあげてこっちを向け!」

 美鈴は困惑しながらも意識は港町の方向に向けられている。少年は舘林の声など聞こえいないかのように、ずっと独り言を虚空に向けて放ち続けていた。

 薄気味悪い光景だった。暗闇と足元に描かれた白い魔法陣のような絵が相まって、まるで、儀式でもしているように見える。

「おい!聞こえないのか!」

暗闇を這う蜥蜴(ブラインドリザード)よ!穢れた体を解き放ち、その御霊を持って我にひれ伏せ!我が名は無限の砲撃(エンドレスループ)!その声は剣、今、ここにお前の体を両断する!光の疾風(カマイタチ)!」

 舘林の怒声を押しつぶすような叫び声が聞こえた。直後、黒いコートがハラリと風に舞う。

 その瞬間、魔法陣が真っ二つに切り裂かれた。道の向こうに真っ赤なテールランプが見えた。

 ドスン、と大きな音が響いた直後、舘林の目の前で巨大な蜥蜴が魔法陣の上に現れた。

 蜥蜴は魔法陣同様に体を真っ二つにされていた。断面からは内臓がこぼれ落ち、脳みそがべしゃりと音を立てて地面に落ちた。

 蜥蜴は声にならない叫び声を上げた。ほんの数メートルの距離だ。突然現れた非現実に舘林の脳みそはオーバーヒートしていた。

 舘林の叫び声に歓喜しているかのように、半身にそれぞれついている三本の足と触手、三つの目玉が盛大に暴れ出した。

 その光景にすっかり恐怖した舘林は腰を抜かして、その場に尻餅をついた。その衝撃で拳銃を足元に落としたが、暗闇で探すことも化け物から目を放すことも出来なかった。

 ただ、舘林は悪魔を呼び起こす儀式を目撃したのだと思った。

 狂信者が美鈴に違法の銃を与え、その首謀者がここに悪魔を召還した。人々は薬でおかしくなっていたのではない。実際に悪魔を目撃していたのだと舘林は認識した。

 三本の足で体を支えようとする化け物を挟み込むように左右の茂みから少年と少女が現れた。

 少女はバスケットボールを悪魔にたたきつけ、少年は暴れまわる手足を避け、ギョロリと動いた目玉に黒い剣を突き刺した。

 どこから出しているのかもわからないような鋭い悲鳴が轟く。黒いコートの少年は再び詠唱をはじめ、樹美鈴は銃身を外し、姿を変えた銃で発砲する。

 雷の音のように響く轟音と共に化け物の体に無数の穴が空いた。

 バスケットボールは化け物の体の上を一人でドリブルでもするようにたたき付けられては宙に舞う、を繰り返していた。

 やがて、その衝撃に耐えきれず化け物の足が一本、根元からそぎ落とされた。

 一本目の足が落ちると今度は二本目に狙いを澄まして、再びドリブルを開始する。

 舘林は目の前の光景に目を奪われながら、必死に地面に手を伸ばして落ちた拳銃を探した。だが、どれほど手を動かしても拳銃はみつからない。

 ようやっと舘林が目線を地面に向けると、それを許さないとでも言うように、黒いコートの少年が叫び声をあげた。

歪んだ灯カーディナルディストラクション!」

 少年の右腕から大きな火の玉が出現した。それは大人一人を優に超える大きさに膨れ上がり、黒い蜥蜴の残骸を覆い尽くした。

 鼓膜を劈く悲鳴は炎の中に燃えていく。真っ黒い蜥蜴はチリチリと粉塵を残して、灰へと姿を変えた。

 舘林はすっかり意気消沈していた。開いた口を閉じることも忘れ、ただ茫然と目の前の出来事を見つめていた。

 目の前で二人の少年が口論をしている。もう一人は剣を携えているということを除けば普通の少年だ。

 なぜ殺した、と剣の少年はコートの少年に詰め寄っていた。

 コートの少年は余裕ぶって彼を煙に巻いていた。やがて、コートの少年は思い出したように舘林を振り返った。

 舘林悲鳴を上げることも忘れ、距離を詰めてくるコートの少年をただじっと見ていることしか出来なかった。

 ぐい、と舘林の髪の毛をひっつかみ、少年は舘林の頭を持ち上げるように引き寄せた。

「今見たことを忘れるなよ」

 吐き出された言葉と同時に突き飛ばすように手を放され、呆けた顔で天上を見上げる舘林を横目に四人の子供たちは暗闇に消えていった。

「で、逃がした、と」

 舘林の話を聞き終え、石動は再び煙草を取り出し、火を点けた。

 石動が煙を吐き出し終えると舘林は面目なさそうに首を縦に振った。

 石動はこれ見よがしにため息を吐き出した。

 バカげている。

 舘林の長々とした話を一蹴した。だが、舘林はバカが付くほど正直な男でもある。

 話がウソだとしても、ここまでやつれ切ったような演技までこなせる男ではない。

「応援は呼ばなかったんか?」

「呼べませんでした」

 目撃したのは舘林一人だけ。他に同じものを見た人間はいない。

「その後バカみたいにまっすぐ帰って寝たのか」

「い、いえ、その、さっきまで車にいました」

 車内でずっと石動に相談すべきかどうかを悩んでいた。答えが出た時には出勤する時間を迎えていた。

 臆病な男だ。だからこそ、舘林の話に嘘はないと思いたい。

 石動は困惑し、再びため息を吐き出す。吐息の隙間から漏れ出た声に怯えるように舘林の肩がビクリと震えた。

「し、信じてもらえないのはわかります。僕にも信じられません。でも、見たんです。あれは・・・悪魔です」

 他に例えようがない、とでもいうように舘林は声を詰まらせた。

 地面に掛かれた魔法陣。黒い蜥蜴、四人の武装した子供。

 まるで、子供騙しのホラー映画だ。

「とりあえずわかった、今日は休め。俺が現場を見てくる」

 舘林の言葉がホントか嘘かはさておき、憔悴した舘林を出勤させるのはあまりにも酷だと判断した。

 舘林は嫌々をするように首を横に振った。

「私も同行します」

 やつれた顔と反して強い意志を宿した目が、石動を睨み付けた。ため息交じりにそれに応じ、石動の車に二人は乗り込んだ。

 舘林はまくしたてるように言葉を並べた。初めは自分の言葉は真実であり、見たものは現実であると断言した。

 現場が近くなるにつれて、舘林の言葉は矛盾し始めた。

 もしかしたら夢を見ていたのかもしれない。現場に行ってもなにもないかもしれない。

 そうしたら病院に連れて行ってくれ。きっと、脳に大きな腫瘍があるんだ。そのせいでありもしないものを見たと思っているんだ。

 現場に到着し、舘林はようやっと口を閉ざした。

 地面は割れていない。魔法陣も描かれていない。何かが焼けた跡も残されていない。

「違うんです。きっと、もっと向こうに」

 怯えた様子で道の向こうを指さす舘林をなだめるように肩に手を乗せた。

「まずは休めぇ。もうちっと頭シャキッとしてから報告書をまとめろ。筋が通ったら、もういっぺん俺に相談しろ」

「見たんです!僕は悪魔を見たんです!信じてください!」

 まるで、異常者のように舘林は叫んだ。いつだったか、悪魔にそそのかされて人を殺した、と言い訳をする殺人犯がいた。

 その姿によく似ていた。

「いい加減にしねぇと舌を引っこ抜くからな」

 いつまでもダダをこねるように声を荒げる舘林を睨み付け、石動は車に乗り込んだ。

 舘林は肩で呼吸をして、苦しそうに一度だけ頷き、口を閉ざした。

 帰り道、舘林はじっとして動かなかった。目で確認しなければ、死んでしまったかと思うほどに沈黙を守っていた。

「お前さんの家だ。とっとと休め」

 舘林の借りているマンションの前に着き、ハザードを点ける。助手席の舘林はなかなか外に出ようとはしなかった。

 石動が諦めかけた時、舘林はようやっと口を開いた。

「もう一人の少年が、」

 勇気を奮い立たせている。そんな切迫した表情を浮かべて、舘林は話を切り出した。

 石動は煙草に火を点けて、次の言葉を待った。

「最後に言ったんです」

「今見たことを忘れるな、か」

 舘林は弱々しく首を横に振った。

「美鈴は同じことをしただけだ、と」

「同じこと?そいつぁどういうこった」

 舘林は一度だけ首を横に振ると申し訳なさそうに頭を下げて、車から降りていった。

 同じこと。

 悪魔を呼び寄せたとでもいうのか。

 こんがらがった思考はきつい結び目のように解けない謎を残した。

 石動はただじっと思考を巡らせた。

 ぷー、という間抜けなクラクションが背後で響き、慌てて車を移動させ、考えるのを止めた。

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