3-9 レベル3のプリズンブレイク
家族以外の面会は禁止。
申し訳なさそうに警察官は高杉陽太に告げた。
骨折り損のなんとやら、だ。こうしている間にも暗闇を這う蜥蜴は街に迫ってきているかもしれないというのに、時間を浪費しただけだった。
ロビーのソファに腰を掛け、陽太は考え込む。
樹美鈴の父親に伝言を頼むか。娘に対しては過敏な父親だ。ただでさえ陽太に対して敵対心をむき出しにしているのだ。
この状況で伝言などわざわざ聞き届けてくれる保証はない。
「手紙くらい、いいよね」
頭を抱えた陽太の隣で星宮灯里はテーブルの上にあったメモ用紙とペンを手に取った。
「だめだ、今日中に確認しないと」
警察官に配達人になってもらったところで、それは筆談も同然だ。届けることは許されても、すぐに返事が欲しいとは言えない。
今日中に美鈴に届けてもらえるかも不明なのだ。
昨日訪れたはずの今日の中に入ったとはいえ、みすみす蜥蜴に誰かが殺されるのを放っておくことは出来ない。
「じゃあ、どうすんの?」
両親に頼んで中に入るか。だが、肝心の両親の姿は見当たらない。
どちらにしても一刻も早く蜥蜴が現れたという場所に向かわなくてはならない。
指を咥えて待っていられるほど、陽太は悠長な性格ではなかった。
「月野はどこ?」
二人よりも先に警察署に来ているはずの月野卓郎の姿もない。
星宮はボールペンをテーブルに叩きつけた。その音を吹き飛ばすように地面が揺れ、屋内に響く轟音が二人の鼓膜を震わせた。
誰もが地面にひれ伏した。頭上で揺れる電灯、足元へと落ちる天上の欠片。
星宮がソファの上でうずくまる隣で、陽太だけは窓の外を見ていた。
小さく見える黒い人影。それが空を飛び、流星のように地面へと降り立つ。
「荒っぽいな」
嘆息を吐いた陽太の肩を星宮が強引に抱き寄せ、ソファに転がった。
「荒っぽいな」
揺れが止み、埃を吐き出すのを止めた天井を見上げて、陽太は囁いた。
「何、今の」
星宮は目を見開いて周囲を見回し、やがて、自分が陽太を守ろうと彼の体を抱きかかえていたことを知る。
「月野だ」
フリーズした星宮を無視してムクりと起き上がる。窓の向こうに視線を投げれば、そこには再び空へと飛び立つ黒い人影が見えた。
陽太の視線を追いかけ、星宮もやっと理解する。
「バカじゃないの」
目の届くところに怪我人はいないが、驚いた老人が足元に入れ歯を吐き出している。
それを迷惑そうに警察官が拾い上げるのを見届け、陽太は星宮と共に自転車にまたがり警察署を飛び出した。
「月野!どこに行く気!?」
陽太の背中にしがみつきながら星宮はスマートフォンを耳に当てた。
『さっきの場所だ!』
マイクの向こうで美鈴の悲鳴と風を切る音が激しい。まるで、台風の中で電話しているみたいだ。
「美鈴は!?」
『なに!?聞こえない!』
「み!す!ず!は!?」
『掛けなおす!』
「あーもうっ!」
ブツリと切られた電話に星宮が吠える。それを聞いて陽太はくすりと笑った。
「なによ!」
背中越しにそれを読み取った星宮が犬のようにグルグルと唸る。
「なにも」
ごまかすように陽太はスピードを上げた。自転車の上で立ち上がってペダルをこぐと安定感がなくなったのか、星宮は悲鳴を上げて陽太のお尻に顔をくっつけてしがみついた。
星宮のおかげで目的地にたどり着くまで立ち漕ぎを余儀なくされた。
たどり着いた時には足はプルプルと悲鳴を上げていた。
「美鈴!」
自転車が止まると同時に星宮は駆け出し、美鈴の体に飛びついた。
月野はチョークを手にアスファルトに絵を描いていた。後ろから見ても、それが魔法陣のようなものに見える。
「ここでアイツは他のプレイヤーにやられた」
月野はしゃがみこんだまま陽太を見上げ、得意げに言った。
「そうだな」
知ってる、とばかりに陽太は声を返した。だが、月野はチッチッチッと雀のように舌を鳴らすと、ゆっくりと立ち上がった。
「場所を考えろ。直線の道路、他に隠れる場所とかはない」
「そうだな」
今度は、だからなんだ、と目だけで月野を責めた。
「ここで正面から対峙した、となればの話だがな」
月野は街とは反対の道を指さした。
「向こうから、ものすごい速さでやってきた。そして、ここで足止めをして、ドーン」
指先を足元の魔法陣に向ける。
「どうしてわかる?」
「予想だ。もしかしたら遠方から狙撃かも。どちらにしても、ものすごい早いか、ものすごい遅い」
「たまたまここで」
「居合わせたってことはない。住宅街ならまだしも、ここには何もない。ここで狙ってたのは間違いない」
ふむ、と陽太は思考を巡らせる。
実際に陽太も土色の巨腕を仕留める時には自分たちが有利になる場所を目指した。
月野の言う通りであれば、暗闇を這う蜥蜴に動ける場所を与えてしまえば不利になる。
「陽ちゃん!」
ずっと隣で待てを命じられていた美鈴が我慢できずに飛びついた。尻尾を振ってキャンキャンと嬉しそうに鳴く姿は本当に犬のようだ。
「美鈴、ループしたか?」
陽太を頭からムシャブリ尽くそうとする美鈴の頭を両手でがっちりと固定して、陽太は目を見て問いかけた。
美鈴はうんうんと首を何度も縦に振るとハフハフと鼻息を荒げて飛びつこうと奮闘した。
陽太が安堵した瞬間、美鈴の頭は陽太の手からスポッと飛び出した。
「いい子だから落ち着いてねぇ」
陽太に飛びつくギリギリのところで、星宮が美鈴の体を抱きかかえた。
すでに陽太しか見えていないのか、両手をジタバタさせて陽太を求めていた。
「俺の予想が正しければ、戦いは一瞬だ。びゅん、と来て、ドン。足止めして、トドメを刺す」
月野の作戦はシンプルだった。
まず、美鈴が遠距離で射撃。動体視力、防御力を見る、とのことだ。
美鈴の射撃を避けるようであれば、攻撃を当てるのは困難だ。だが、土色の巨腕のように防御力が高い皮膚を持ち、それに慢心しているのであればチャンスだ。
ある程度の距離が詰められたところで、月野が魔法で攻撃する。魔法陣を書いたところを目印に最大威力の呪文を叩きつける。
風の魔法だ。トカゲの体を少しでも浮かせることが出来れば成功。避けることが出来なくなったところに一斉攻撃。
星宮の飛び跳ねる衝撃で皮膚を撃ち抜き、その隙間に陽太が研ぎ澄まされた一撃を叩き込む。
あとは全員で一斉攻撃。
「簡単だな」
皮肉を込められた陽太の言葉に月野は胸を張って鼻息を吐き出した。
その姿に陽太は不安を隠せなかった。
土色の巨腕にどれほど苦戦させられたか、思い出すだけでゾッとする。
星宮と陽太でどれだけ作戦を立てても何度も失敗したのだ。いくら四人もいるとはいえ、とてもじゃないが、作戦通りになるとは思えなかった。
「大丈夫だろ」
月野は呑気にムツゴロウと化した星宮を眺めている。星宮の腕の中で美鈴は喉を撫でられゴロゴロと鳴いていた。
「期待してるよ」
まったく期待の込められていない眼差しで陽太は月野を見た。
月野はニヤリとニヒル笑うだけだった。




