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異世界が来い!レベル∞のリトライ英雄譚  作者: RUIDO
レベル.3 コンタクト
34/79

3-7 レベル3のマルチエンディング

 灰色のパーカーを来た男が夢ケ丘市の端っこに佇んでいた。

 その手には煙草が煙を吐き出し、男はその煙にむせて、せき込んだ。

「ケムリ、カッコいい」

 紙に書いてある文章を読むかのような単調なセリフを吐き出した少女はぬいぐるみを抱きしめていた。

「そいつぁどーも」

 ケムリ、と呼ばれた男は不服そうに感謝の言葉を述べた。

「そろそろ時間ですぜ、カタナのアネゴ」

 ケムリは右手に嵌めた腕時計を見つめた。秒針が駆け足で文字盤を駆け巡る。

 その足音を耳にしてカタナと呼ばれた女は背中に背負っていた巨大な包丁を構えた。

 ヤクザが持っているようなドスに似ている。女性にしては背の高いカタナよりも長い包丁。

 その切っ先を暗闇の中に突きつける。

「ワッパ、お人形の準備できてるかい?」

 ワッパ、と呼ばれた少女はぬいぐるみを地面に置き、頭を撫でていた。

 その様子を見て、パーカーのフードからわずかに覗くケムリの口が満足そうに笑うのが見えた。

「会長、あっしも準備出来てますぜ」

 ふいにケムリは頭上を見上げた。

 道路の端に決められた感覚で置かれた街灯の上。腰に手を当てて「休め」の体制で立っている学生服に身を包んだメガネの少年に声を掛けた。

 ケムリの言葉の直後、その口から蛇のように躍り出た細い煙がゆっくりと周囲を覆っていく。

 会長と呼ばれた男は左腕に生徒会長と書かれた腕章をぶら下げていた。

今度は(・・・)失敗は許さないよ」

 会長の言葉の直後だった。

 暗闇の向こう側に赤い光が走った。ソレ(・・)と理解していなければ、車のテールランプと見間違えていたことだろう。

 左右に頭を振る黒い蜥蜴のシルエットを脳が認識した時には、それはすでにカタナの間合いに入っていた。

 軽自動車では追いつくことの出来ないような速度だ。だが、直線的に迫ってくるモノに対して、来るとわかっていれば捉えられない速さではない。

 問題は硬さである。

 カタナはじっと目の前の獲物に狙いを澄ました。

 大きさにして数センチ程度の六つの目玉。その一つに向けて、剣を振りかざした。

 赤い六つの目はその動きを捉えていた。だが、カタナはそれすらも予測した。

 わずかに右にずれた瞳目がけて切っ先を逸らした。

 直後、ヤギの悲鳴のような不快な悲鳴が轟いた。その声を合図にワッパと呼ばれた少女はしゃがみこんだまま、“お願い”をした。

 彼女の願いを聞き入れたぬいぐるみはゆっくりとその体を肥大化させた。

 ノッポな街灯をも超える大きさになると同時にぬいぐるみの目の前に黒い蜥蜴が倒れ込んだ。

 それに倣うように、ぬいぐるみも巨大な音を立てて蜥蜴の上に倒れ込む。

 ぶちぶちと嫌な音を立ててぬいぐるみの下敷きになった蜥蜴は悲鳴を上げるのを止めた。だが、ぬいぐるみの下からはみ出た腕や尻尾は、そこから這い出ようと必死にもがいている。

 刃のように尖った尻尾が傍に立っていたケムリの頭の上を掠めた。「しっかり抑え込んでくだせぇ」

 その言葉を理解したようにケムリの手にしていた煙草から上る紫煙が、ゆっくりとぬいぐるみの上からのしかかる。

 不透明な煙がずっしりと重みを増す。地面にめり込んだぬいぐるみの腹が、より一層深く地面へとめり込んでいく。

 必死にもがいていた尻尾や手足がぷるぷると震わせながら、跪くように地面に落ちた。だが、諦めようとはしていない。

 今度は六本の足に力を込めて、ぬいぐるみの体を押し上げようとしている。

「かいちょ、無理」

 しゃがみこんでいたワッパは助けを求めるように会長を見上げた。会長は生徒会長と書かれた腕章をかざし、手のひらを蜥蜴に向けた。

「よくやったよ、ワッパ」

 褒められたことに満足そうにワッパはほほ笑むと“お願い”を止めた。

 直後、ぬいぐるみは空気の抜ける風船のようにしぼんでいった。

 その下から体中にヒビが入り、その隙間から禍々しいほど赤い血を流したトカゲがのっそりと立ち上がった。

 フラフラとしながら六本の足で体を支え、首元についた六本の腕がグニャグニャと痛そうに震えている。

 赤い瞳はほとんど潰れていた。ひしゃげた瞼の隙間から頭上の会長を見上げていた。

「僕の学校を汚すな」

 先ほどまで柔らかく微笑んでいた会長の表情が怒りに歪む。どす黒い殺気と共に腕章が光を放った。

 直後、花火に似た轟きを響かせ、会長の腕から雷が放出された。

 硬い皮膚からにじみ出た血は一瞬にして蒸発し、流れ出た血を媒介にしていかずちは尻尾の先まで浸透した。

 口から煙を吐き出し、蜥蜴は空を仰いだ。

「薄気味悪い生き物でさ」

 開かれた口の中には赤ん坊がいた。生まれたばかりのような小さな赤子だ。

 赤子は全身をヌラリと赤く輝かせ、産声に似た悲鳴を上げる。開かれていない双眸が憎しみを込めて、会長に向けられる。

 それを見ていたカタナは思わず口元を抑え、目を逸らした。ワッパも両腕で抱きしめたぬいぐるみに顔を埋めて、その光景から目を逸らした。

 見ていたのはケムリだけだった。

 会長は満面の笑みを浮かべて、雷を放った。

 怒号が響き、地面が揺れた。

 その中心でトカゲのヒフは焦げたように黒さを増し、六つの目玉は電子レンジに入れたゆで卵のようにはじけた。

 鋭い爪が燃え、焦げた触手や腕が地面に落ちる。それでも、わずかでも動く度に会長の雷が落ちる。

 やがて、雷が止む頃には口の中の赤子の上半身は元の形もわからないほどに焦げ落ちていた。

「えげつねぇ」

 ケムリは煙草の煙を吸い込み、ため息と共に吐き出した。

「これが僕の教育方針だ」

 会長はニヤリと意地悪に笑い、ワッパを見た。

「降ろしてくれないか」

 ワッパはコクンと一つ頷くと再びぬいぐるみを巨大化させ、会長の体を抱きかかえた。

「これで終いか」

 カタナは包丁についた血を払うと再び背中に背負いこんだ。

「どれだけ苦戦しても最期はあっけないものだよ」

 地面に降り立った会長は得意げにほほ笑んだ。

「これで僕たちの(・・・・)ループは終わりだ」

 会長の言葉にその場にいた全員が首を縦に振った。

「また明日会おう」

 くるりと踵を返し、会長はのんびりと歩き出した。その姿が見えなくなるとワッパがケムリとカタナに一度深くお辞儀をして去っていった。

 ワッパの姿が見えなくなると今度はカタナが歩き出す。ケムリは黙って背中を見送った。

「おっかねぇチームですぜ」

 やれやれとため息を吐き出す。その吐息はゆっくりとケムリの体を覆っていき、やがて、その姿は景色に溶け込むように消えていった。

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