3-6 レベル3のアイデンティティ
「物語を紡ぎし者でどうだ?」
学校は休みとなった。
とっくに後片付けは済んでいるのだが、学校で事件が起きたということで教育委員会が恐れをなしているのだろう。
ゆっくりと寝坊できた。おかげで高杉陽太は寝間着の姿で月野卓郎、星宮灯里を家に招き入れる羽目になった。
陽太は寝癖を整え、ジャージ姿で二人と居間で向かい合った。
朝から一体何事かと身構えてみれば、月野はカッコいい呼び名を与えてくれると宣ってくれやがった。
「それでいいよ」
陽太は欠伸をしながら投げやりに言った。
「ちなみに私は?」
星宮は別に興味ないけど、と無言で付け足した。二人の素っ気ない素振りに月野も途端にやる気をなくした。
「ロストコートリリィ」
「どういう意味?」
「その辺のコートで遊んでるやつ」
パシン、と小気味いい音を立てて星宮は月野の頭を叩いた。
「ちなみに俺は無限の砲撃だ」
どうだ、とばかりに月野は胸を張るが、二人は興味なさそうに窓の外を見ていた。
耳を澄ましてみれば遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
昨日までは滅多に聞くことのなかった赤い音は、今日はずいぶんとよく聞こえる。
黒い蜥蜴の情報は瞬く間に広がった。新聞受けに刺さっていた回覧板にもイラスト付きで注意が促されていた。
六本足に六本の触手、六つの赤い目玉。全長は四メートルほど、と明確に書かれている。
「六本足のトカゲか」
ふむ、と考え込むように月野は口を閉ざした。
「美鈴はどうするの」
月野がトカゲのカッコいい呼び名を口にする前に、星宮は問いかけを投げかけた。
「今の警察は化け物がいる、という前提で動いていない」
陽太は静かに言葉を口にする。
「じゃあ、やっぱり美鈴が殺したって考えてるの?」
星宮の言葉に陽太は頷いた。
「未確認生物、とまでは言ってないけど、あくまでも美鈴の事件と最近の獣の騒動は別物と考えてると思う」
そうでなければ美鈴はすでに釈放されているはずだ。だが、美鈴はまだ家に帰らず、夕方になれば定時連絡とばかりに美鈴の父親から両親あてに電話が来る。
「クラスメイト殺人事件は容疑者確保で解決済み。あとは総動員で周辺に出没する蜥蜴狩りだ。美鈴の件は後回しにされてるんじゃないか」
月野は蜥蜴のニックネームを考えるのを止め、ようやっと二人の会話に参加した。
容疑者という言葉が美鈴を指していると理解して星宮はじっと月野を睨み付けた。
「警察の考えだ」
俺は悪くない、とばかりに月野はそう言って、そっぽを向いた。
月野の言っていることは半ば正解だと陽太も判断した。
星宮も理解はしていた。
それゆえの拘留だ。今は月野を責めても意味がない。星宮もそっと口をつぐんだ。
どう動くことが正解か。一晩じっくりと考えてみたが、いい方法が見つからない。
どうすべきか。最終的に思いついた答えは一つだった。
「トカゲを捕まえよう」
沈黙を突き破った言葉に月野と星宮は唖然とした。
「死体持ってって、これが犯人です、ていうの?」
星宮はあきれたように吐息をついた。
「死体は持っていけない。あいつらは死んだら消える」
椅子を立ち上がり、陽太は自室へと向かった。
「俺は手加減が出来んぞ」
扉の向こうの陽太に月野は声を上げた。陽太の部屋からはガサゴソと音が聞こえるだけで返事はなかった。
警察は未知の生き物やゲームの話をしても信じてはくれないだろう。
文明を築いた人間には実際に存在するものでなければ、実在するということを認めることが出来ない。
「俺が証明する」
未知の生物、そして、何よりも勇者たちの存在証明。
「待って」
着替えを済ませ、武器と防具をリビングのテーブルの上に置く。星宮はため息を吐きながら、陽太の動きを制した。
その隣で月野はコートを着込み、右手を握りしめて鎖をジャラジャラと鳴らしていた。
「トカゲを捕まえても美鈴の無罪を証明できないよ」
星宮の言葉をはねのけるように陽太はややあって笑った。
「現実を見せるだけさ」
陽太は得意げにそう言うと剣を腰に差し、籠手を腕にはめて歩き出した。
不審者でも見るような目を向けていた星宮が、玄関に向かおうとする陽太の手を掴んだ。
怪力乙女と名高い星宮である。言葉が通じなければ拳で語り合おうとする新人類とも言われていた。そのことをとっさに思い出した陽太は殴られると思い、思わず目をつぶった。
「寝癖くらい直して」
ぐい、と腕を引っ張られ、星宮はボソッと耳元で囁いた。
「寝癖のヒーローはカッコつかねぇな」
月野はやれやれと言い、玄関へと向かった。




