3-5 レベル3の休肝日
未確認生物の情報はニュースなどにはあげられていない。あるとすれば、ワイドショーなどの特番で未確認生物やら未確認飛行物体の特集が組まれた程度。
それも懐かしのチュパカブラやツチノコと言った非常にレトロな怪物たちだ。
どうやら今ではカッパなども未確認生物と同じ扱いのようだ。
高杉大輔はテレビをぼんやりと見つめて深呼吸をする。疲労感の漂う重たい吐息だった。
テレビでは好き放題に未確認生物の物語を語っている。
大輔はそう言ったテレビが好きなわけではない。むしろ嫌いな方だ。
宇宙人や未来人、未知の生物というものに対するロマンはある。だからといって、無理矢理に理由をこじつけたりするものではない。
こういう謎がある、と言った程度で視聴者に想像させるものの方がよっぽど面白い。
「こういうのの何が面白いの?」
大輔の隣に娘の凛子が腰を下ろした。
態度と尻がでかいが背は小さい。父として彼氏がいるということは悲しいが、彼氏が出来たという話を聞かないということも、また悲しい事実である。
「勝手に変えるな」
リモコンに伸ばした娘の手をぴしゃりと叩いた。凛子は不服そうに大輔を睨んだ。
「これも仕事なの」
ため息を吐くように妻の美由紀は二人の間に強引に割り込んで、ソファにもぐりこんだ。
娘もさることながら、母親もまた背が小さい。
「これだな」
母娘が隣でチャンネル争いを始める中、大輔はそっとリモコンを握りしめ、テレビの画面を見つめた。
夢ケ丘市の未確認生物。
画面の右下におどろおどろしい文字で書き殴られている。
母娘もまた、その文字を目にして、じっと息を潜めた。
記憶に新しい樹美鈴の事件である。
封鎖された学校に報道陣が詰め寄せていた。その波が収まった頃だろう。
特番専用の芸人が夜の学校を背景にして、土色をした翼を持った化け物の存在につて語っている。
「なにそれ」
凛子は初耳と言った様子だ。実際、情報も噂程度にしか広まっていない。
凛子が耳にしたのは一人息子の陽太のクラスで殺人があったという程度だ。
話を聞こうにも高杉夫妻も正確な情報を得ておらず、現場に居合わせた陽太も口を開こうとはしなかった。
「署でも、この話でもちきりだよ」
警察として未確認生物の仕業であるとは言わない。だが、樹美鈴という少女を知る息子の親として彼女がクラスメイトを銃殺したと認めることも出来ずにいた。
警察の中でも意見は割れている。
謎の生物の目撃情報が多数上がっている事実と少女が銃を乱射したという事実。
どちらが現実的であり、非現実的であるのか。
どちらも声高に事実として叫び声をあげている。
「未確認生物なんているの?」
凛子が持ち上げた疑問に高杉夫妻は唸り声を上げた。
「でも、美鈴ちゃんが銃を持ってたのも事実だしねぇ」
「やめなさい」
大輔は二人の会話をぴしゃりと止めた。
「どちらも調査中だ。お前は民間人なんだから口を挟むんじゃない」
一言目は美由紀に、二言目は凛子に告げられた。
二人は揃えて口を尖らせ、渋々了解の返事をした。
大輔にとってはうんざりする話題だ。職場と同じ話題で家に帰ってまで盛り上がるつもりはない。
夕飯も終えたところだ。そろそろ晩酌でも始めようかと両ひざに手を置いたところだった。
新たな目撃情報。
テレビ画面に浮かんだ文字に大輔は動きを止めた。隣の妻も娘も同様にテレビ画面にくぎ付けになった。
港町から夢ケ丘市へと道中に林道を走っていた家族が目撃したとのことだ。
車の中から撮影されたと思しき画像が映し出される。
それを見て、大輔は言葉を失くした。
真っ黒い巨大な蜥蜴だ。六本の足と首元に生えた六本の触手、頭には目と思しき六個の赤い光が輝いている。
専門家ではないので、それが合成なのかどうかはわからない。
ただ、それが今まで地球上で確認されたことのない生物であるということだけは明確に理解できた。
蜥蜴はゆっくりと夢ケ丘市に接近してきているとのことだ。
幸い被害届などは警察には届いていない。だが、それと同時に蜥蜴の目撃情報も警察には届いていない。
「お父さん」
美由紀が不安そうに声を掛け、そっと大輔の腕に手を乗せた。
それが真実なのか、あるいはガセネタなのかはわからない。ただ、それを調べるのが仕事である。
「凛子、少し出てくるよ、陽太のことは頼んだぞ」
大輔は車の鍵をポケットに突っ込み、ソファを立ち上がる。
今夜は仕方なしの休肝日となった。美由紀はそれを密かに喜んでいた。




