3-3 レベル3の戦乱の機銃《ガンズ・オブ・ミキサー》と神を名乗る少女
目を覚ますと何もない景色があった。
真っ白い世界だ。まるで、空も地面もすべて雪で覆われているかのような白さだ。
樹美鈴はぼんやりと景色を眺めていた。
しばらくの時間が経ってから、ようやっと昨日の夜、留置所の中で首を吊ったことを思い出す。
ここは死後の世界なのだろうと推測を立てた時、背後から足音が聞こえた。
ペタペタと鳴り響く足音に、それが裸足で近づいてきているのだと理解した。
「おはよう」
ふいに掛けられた声に猫のように体を弾ませた。慌てて振り返るとパーカーに短パンと言った軽装の少女がほほ笑んでいた。
「諦めた、わけではないよね?」
少女はじぃと美鈴の目を覗き込んだ。
その言葉の意味が分からずに美鈴はただ沈黙した。
「ねぇ、ゲームしたことある?テレビゲーム」
そう言って少女は前足を投げ出すように、ゆったりとした動作で美鈴の周りを歩き始めた。
「ゲームは暇つぶしにいいよ。私はロールプレイングゲームが好きでね。魔法とか剣とか出てくる奴。やったことある?」
美鈴は黙ってかぶりを振った。
だろうね、と少女は笑った。
「だいたい私がするのはアクションものが多いんだけど。そう言うゲームってさ。オートセーブって機能があるんだよね。だから、うっかり死んじゃってもオートセーブされたチェックポイントまで戻ることが出来るんだ。そしたら、またそこからやり直しが出来るんだよね」
だからなんだ、と美鈴は無言で問いかける。少女は視線を一度向け、得意顔で話を続けた。
「だから、君が死んだから、チェックポイントまで戻すことが出来るって言う説明をしてあげに来たんだ。私もちょうど暇だったからね。本当は私みたいなGM、あ、ゲームマスターね。私が直接説明するのはルール違犯かなって思ったんだけど。どうせコンティニューすればわかる話だしね」
彼女が何を言っているのかわからない。
ゲームの話も当然ながら、まるで、美鈴をゲームのキャラクターだと言わんばかりの口ぶりだ。
「まぁ、君みたいな人は他にもいたから安心してよ。今の世界の人間は神の奇跡なんて説明できないものより言葉で説明が出来る妄想しか見ることが出来ないんだからさ。君もわかるでしょ?化け物に人が殺された、ていわれるより、クラスメイトが銃を乱射した、て言葉の方が想像しやすいでしょ」
今の美鈴は前者の方が身近だ。だが、少女の言わんとしていることも理解できる。
確かに現代人は神や悪魔然り、神秘的な現象も非科学的な現象もフィクションとして捉えるのが必然だ。
それが目の前で起きたと証言する者がいたとしても、理論づけて説明しようとするのが現代人の悪い癖でもある。
かつては海外でも当然のように悪魔祓いなどが行われていたが、今はテレビにも取り上げられない。ましてや現代社会で悪魔祓いなどした挙句、人が死のうものなら狂信者の殺人事件として裁判にかけられることもあるほどだ。
かつては存在した神も悪魔も今は童話の中の産物である。彼らにとっては現代こそが死後の世界ともいえる。
「でも、これは説明が出来ない現実なのだよ。君は最後にセーブした日に戻る。これは選択ではなく、強制だから、諦めてね」
少女は柔らかく笑うと椅子に座るような動作で腰を下ろした。何もない空間で、少女は足を組む。
「それっていつなの?」
美鈴の質問に少女は意外そうに目を丸くした。
「日本人はやっぱり理解が早いね。この前のキリスト信者は神とはどういう存在なのか、てところから説明しなきゃならなかったから大変だったよ」
日本とは数少ない無神論者の多い国である。宗教を持たないが故の無関心さが、逆に彼女の関心を向けさせた。
「オートセーブは日本の時間で深夜零時。だから、君が目を覚ますのは君が望んだ今日ではないんだ、ごめんね」
少女は少しだけ美鈴に対して憐みの目を向けた。
その目を見て、美鈴が目を覚ますのは留置場の中なのだと理解した。
「まだ少しだけお話しよっか」
学校の休憩時間。授業が始まっても先生が来ない。
そんなときのクラスメイトのような口ぶりだった。
少女は紙芝居でも始めるように物語を口ずさんだ。
それは始まりの神話。誰もが知っているアダムとイヴの物語。楽園を去った二人が気づいた歴史を少女は見守り続けた。
二人が亡くなった後には手を貸すこともあった。だが、彼女は所詮傍観者だった。
「あなたは神様なの?」
美鈴の問いかけに少女はややぁって笑った。
「昔はね。今は、休職中」
それは人類がみんな厨二病だった頃の話だという。少女は頬を赤くして恥ずかしそうに笑った。
どうやら彼女にとっては黒歴史も同然らしい。
「おしゃべりしすぎたかな」
よっこらせっと立ち上がった。少女の視線を追いかけると、真っ白い世界に穴が空いているのが見えた。
真っ黒い穴だ。まるで地獄の底へと通じるような深い闇だけがぽっかりと浮かんでいた。
その穴は這いずり回るようにゆっくりと移動した。それはやがて美鈴の足元にまで這いよってきた。
逃げることは出来なかった。まるで体を縛り付けられているかのようだった。
足は鉛のように重く、腕は体に引っ付いたように動かなかった。
「あなたの名前は?」
首だけを動かして優雅に浮遊する少女に問いかけた。
少女は静かに言葉を発した。
先ほどまで日本語を並べていた言葉の音色はゆったりと英語のような発音を奏でた。
「リリス」
その音を耳にして、美鈴の体は闇へと落とされる。
ハッとして目を開くと、そこは留置場の薄汚れたベッドの上だった。




