3-2 レベル3の葛藤
昨日訪れたはずの今日を終えた翌日、夢ケ丘市立第三中学校は休校となった。
頭を食いちぎられた生徒は亡くなった。葬儀は執り行われ、クラスメイトは制服を着て葬列に並んでいた。
その中に樹美鈴の姿はない。
「言い訳のしようがねぇよ」
肩を落とす高杉陽太に声を掛けたのは月野卓郎だった。
美鈴は武器を取り上げられ、今は留置場で過ごしている。
「こんなの間違ってる」
美鈴はクラスメイトを守ろうとした。それだけだというのに、警察は美鈴を殺人事件の犯人と断定した。
「でも、どうするんだよ」
月野は不思議そうに首を傾げた。
「美鈴を取り戻す」
二人の会話をこっそりと聞いていた星宮灯里がずぃと身を乗り出した。
「バカ言わないで」
星宮はあきれたようにそう言った。
「私たちはあくまでも普通の中学生なのよ」
普通の中学生、という言葉に違和感を覚えた。当然と言えば当然のことだ。
普通の中学生は武器を手にして戦ったりはしない。
月野も陽太と同意見のようだ。憮然とした顔で星宮を睨んでいた。
「普通なの」
星宮は両目を吊り上げて陽太の口を黙らせた。だからといって、星宮の言葉に納得して諦めたわけではなかった。
口を閉ざし、頭の中でぐるぐると脳みそを振り回した。
美鈴を救う方法はないだろうか。
警察を敵に回すということは得策ではない。かといって、彼らを味方として捉えることも出来ない。
一連の事件を被害者たちの被害妄想に過ぎないと断定し、捜査を進めている。
状況証拠から言っても普通の中学生とは呼び難い代物を所持していた美鈴を犯人と決めつけるのも時間の問題だ。
実際、クラスメイト殺人事件としてテレビでも報道されている。ニュースの高らかな声も相まって美鈴が人殺しであるという噂も学校中に広まっていた。
教室にいたクラスメイトも声を大にして美鈴を庇おうという者はいない。
「俺の力なら警察の建物ぐらいぶっ飛ばせるぞ」
耳元で囁く月野の提案に陽太は首を縦には振らなかった。確かに月野の力は陽太も目撃した。
陽太の持つ剣とは比べ物にならないほどの代物だ。建物の一つや二つ破壊するのは造作もないだろう。だが、最善手とは呼べなかった。
もし、力任せに奪還しようものなら、犯罪者が増えるだけ。ましてや事件直後に脱走したとなれば、美鈴の疑いは深まる一方だ。
そうなってしまえば、傷つくのは美鈴とその家族だと陽太は考えた。
娘思いな両親だ。父親に至っては物心つくころには陽太のことを敵視していたほど。
昨日も警察に殴りこみに行くような勢いで怒鳴りこんでいったと警察に勤める両親から話を聞いた。
その際にひどい中傷を受けた母親はカンカンになっていた。
クラスメイトは面会も許されず、昨日の事件以降、陽太は美鈴の顔を見ていない。
今はどんな表情でいるのか想像もつかなかった。
亡くなったクラスメイトは遺影の中で静かにほほ笑んでいる。亡くなったのは斎藤琢磨。
野球部の補欠で最近一年にレギュラーを取られたと嘆いていた。クラスの中では地味な方だが、男連中で集まるとムードメーカーとしての能力を発揮するお調子者。
異性が苦手で女子と話している姿はほとんど覚えていない。
陽太も仲がいいとは言い難いポジションである。不思議と悲しいとは思えなかった。いや、そもそも気にも留めていないのだ。
昨日訪れたはずの今日の中で何度も自分自身死を体験した。目の前で星宮が殺される姿も目撃している。
いまさら誰かが目の前で死のうとどこかで今日を繰り返しているのではないかとすら思えた。
楽観している。
何度も体験したおかげで、感覚がマヒしている。
実際に斎藤は死んだのだ。それなのに、それを受け止めることが出来ていない。
陽太と星宮が幾度となく繰り返した日々。ループをした後も世界は続いていたのだろうか。
では、星宮と陽太の葬儀は行われたのか。その世界では、死んだ後も続いているのか。
それを確認する術は陽太にはない。そして、同時に一つの考えにたどり着いた。
昨日訪れたはずの今日に帰る。
死ねば時間を戻すことが出来るのではないか。
翼を持った土色の巨腕がクラスメイトを殺害する前に秘密裏に処理することが出来れば、美鈴に対する捜査の目も向けられずに済むのではないだろうか。だが、その提案には一つの疑問が付録でついている。
昨日訪れたはずの今日の“外”で死んだ場合も昨日訪れたはずの今日へと還ることが出来るのか。
もしも、ループの中に還れなければどうなる。
ぶんぶんと頭を振ってよくない考えを吹き飛ばす。それもまた感覚がマヒしているせいだろうと決めつけた。
「どうする気だ?」
月野が耳打ちをする。星宮に聞かれないように陽太も声を抑えた。
「わからない。でも、美鈴は助けなくちゃ」
その横顔に浮かぶ決意を見て、月野も陽太をサポートしようと心の中で決めた。だが、二人の考えがまとまらないまま今日は終ってしまった。
その日の夜、美鈴は自らの首を絞め、静かに呼吸をやめた。




