3-1 レベル3のトカゲ
夢ケ丘市。それが高杉陽太の住む街だ。
三方を山々に囲まれ、残りの一方の道には平地が広がり、その道をまっすぐに進むとやがて海に出る。
バスでしか海に出る方法はない。海には港があり、ビーチと呼べるようなスポットはない。
寂れた町である。
そこに一組の親子がいた。
父親はかつて漁師をしていた。腕を怪我して以来、彼は仕事を止めた。
長いことついていた職を失った。彼にとっては生き甲斐そのものを喪失した。
妻は出ていき、残されたのは娘だけだった。娘は高校を止め、父に寄り添った。
アルバイトに明け暮れる毎日を終え、たまの休日には父と寝た。
慰め合う日々だった。それでも、互いの心は穢れていった。
娘の若い体を嬲り、溜まった鬱憤を晴らすようには娘の中にすべてを吐きだした。
やがて、娘は子供を身ごもった。日に日に体力も衰えていき、目に見えるようにお腹も大きくなった。
自身の父の子供を宿したお腹を愛でる娘の姿に父は恐怖した。
間違いを犯したと気付いた父は子供が生まれる日にすべてを清算した。
部屋の中で破水した娘の首を絞め、まだ呼吸もしていない赤子を彼女の中で殺した。
ナイフを突き立て、バラバラにして、燃えるゴミの袋に突っ込んだ。
それでも、あらゆる意味で愛した娘だった。父には娘も孫も捨てることは出来なかった。
ただ怠惰に生を伸ばした。やがて、娘が残した貯蓄が底をつき、父は空っぽの胃袋に痛みを覚えながら、意識を失おうとしていた。
「罪深いわね」
埃の溜まった畳の上に小さな少女が舞い降りた。パーカーを来た少女だ。
そこら辺を歩いているような幼い少女が突然、スニーカーのまま土足で踏み込んできた。
凛と響く幼い声の鋭さが父を責めているようだった。
「死ぬのが怖いかしら」
その問いかけに父は応えることは出来なかった。水分を失ったような枯れ木のような喉では声を発することは許されなかった。
ただ、わずかに動いた瞳の揺らぎを、少女は見逃さなかった。
「可愛い我が子よ。憎むべき我が子よ」
ゴミ袋がもぞもぞと動き、その中から手が一つ。また足が一つ。肉塊が父の元へと返っていく。
愛する父の元へと駆け寄る愛娘。そして、お腹に大きな傷を負った小さな赤子が四つん這いで祖父の元へと歩み寄る。
「子は親に似るとは言ったものよ」
動かなくなった父親を抱きしめるように、それらは収束する。
やがて、三つは一つになる。
歪な三足歩行の蜥蜴。六つの赤い目玉、体を支える足とは別に生えた六本の男女と赤子の腕。刃物のような鋭い刃のような切っ先を携えた尻尾。
毒々しい赤黒い皮膚が呼吸を繰り返すように鼓動する。
「本当に親に似るわね」
赤黒い蜥蜴は少女の足元にひれ伏した。少女は薄汚れた畳に乗せられた頭の上に爪先を触れさせる。
いつかの夢を思い出した。
寂しさから作り出した土人形。自分だけを愛してくれるはずだった。だが、いらぬ知恵をつけ、あらぬ蛇に騙されて、自らの楽園を作り上げようとした。
「作ってごらん、あなたの楽園を」
赤黒い蜥蜴はゆっくりと開かれた窓から身を滑らせて、外へと出ていった。




