2-10レベル2の事件簿
消防車とパトカーと救急車が夢ケ丘市立第三中学校へと津波のように押し寄せた。
学校は事情を知らない生徒たちを追い払うように休校と告げて帰路につかせる。
二階の教室の一つ、二年四組の生徒達は別の教室へと移動させられ、待機を命じられていた。
鑑識課の人間が窓際の机に今も座している首のない少年をいたわるように見ていた。
刑事の石動玄太はため息を吐き出した。
被害者は一人、犯人を目撃した者はいない。いや、目撃者はいた。だが、教師を含め、生徒三二人が口をそろえて化け物が生徒の頭を食いちぎったと言った。
それも大きな翼を持った土色の化け物だ。そして、それは突然現れ、突然消えたという。
その中で唯一名前が挙がったのが、樹美鈴である。
夢ケ丘市立第三中学校に通う女子生徒、一四歳の少女は警察へと移送されている。
少女は四〇口径の機銃を所持していたため、銃刀法違反の罪で逮捕された。
石動は真犯人が彼女であると認識した。極一般的な女子中学生である樹美鈴が四〇口径もの機銃を手にしていたのかは不明である。
その入手経路、並びに目的を探ることに警察は思考を働かせた。だが、最も不可解なのは機銃そのものだった。
取り外し可能な砲身を含め、全長は一八〇センチ。材質はプラスチックのようなものだが、強度は鉄以上。重さは八〇〇グラム程度。
さらに形状は銃であるが弾倉はない。弾薬を込められるようなところも見当たらない。だが、紛れもなく銃口からは硝煙反応を確認した。
それは機銃が発砲したという証拠である。
分解しようにも分解することは出来ない。弾薬を込める場所も見当たらない。だが、硝煙反応はある。
樹美鈴自身、また、その周囲にいた生徒にも硝煙反応が見られ、目撃した生徒によると樹美鈴が化け物を追い払うために発砲したとのことだ。
子供だけの証言であれば、いささか疑う余地もあったが、教師も事実であると認めた。
一度発砲を終えると樹美鈴は砲身を取り外し、それで土色の化け物を直接殴打したという。
目撃談も本人の証言と一致している。
その直後、窓の外に火の柱が昇った。それ以降、土色の化け物の消息は不明。
夢ケ丘市立第三中学校に出現するまでの目撃証言は多数上がった。数日前には夢ケ丘市の南端に位置する登山道の入り口付近で似たようなものが目撃されている。
またここから遥か北方の女囚刑務所で終身刑を受けた囚人が脱走する。その際に囚人の目撃情報の代わりとばかりに土色の化け物の姿が目撃されている。
以後の目撃情報は今日の午前九時までなかった。夢ケ丘市立第三中学校の上空を羽ばたく土色の化け物が目撃されたのは午前八時四九分。
事件の発生は午前九時四分頃。少年の遺体に見られた死後硬直と合致する。
「殺人事件、と言っちゃ不可解な事件だねぇ」
石動は煙草に火を点けながらポツリと呟いた。
それを聞いていた館林清二は目を吊り上げた。
「校内は禁煙ですよ」
舘林は石動の腕から煙草を奪い取ると目の前でポッキリと両断した。
「あー、最後の一本が」
石動は足元に叩きつけられた煙草を指先で持ち上げ、恨めしそうに舘林を見つめた。
「どう見ても殺人ですよ。犯人は樹美鈴。教室に残された弾痕と彼女が持っていた大型の機銃が証拠です」
実際に亡くなった少年の体や教室の中には弾痕が残されていた。
「でも、薬莢も弾丸も出てきちゃいねぇだろ。それに土色の化け物って何よ」
石動は折れた煙草を持ち上げ、舘林に背を向けて火を点けた。
「集団催眠ですよ。何らかの方法を用いてクラスメイトに薬品を使用し、錯乱状態に陥らせた。そして、何らかの方法で手に入れた銃を乱射。その銃弾がこの子の頭を吹き飛ばしたんでしょう」
「集団催眠ねぇ。で、その何らかの薬品と何らかの方法はどう説明すんでぇ?それに破片を見る限り、窓ガラスのほとんどは外から破られてるし、集団催眠だとしても、学校の外で目撃された土色の化け物ってはどうなるんだ?この街全体に薬をバラまいたとでも言うんか?」
説教でもするかのように石動は淡々と告げた。それを聞いた上で舘林は石動の口から煙草を奪い取ろうと手を伸ばしたが、石動はひょいと体をのけぞらせて、その手から逃げた。
「それをこれから捜査するんでしょうが!」
「そんなアニメみたいな推理でどうするんだ。エリートだがなんだか知らんが、お前の顎で動くほど、警察の財布は緩くねぇぞ。もっと明確な根拠を出せ。お前の何らかの方法をお前が見つけて来い」
面倒くさそうに石動は言葉を吐き捨て、踵を返して廊下へと足を向ける。
「どこ行くんですか!」
「んーこだ!デリカシーを読め!」
ぴしゃりと扉を閉めて廊下を歩く。
「・・・デリカシーは読むものではないだろ」
廊下へと出て、石動は思考する。
不可解な事件だ。
殺人事件と呼ぶには些末だ。わずかだが、石動は少女とも会話した。
刑事としての勘が、少女が害者であることを否定した。だが、同時に違和感もある。
まるで、何事もなかったかのような平静を保っていた。
目撃証言による状況に置かれて、人は正気でいられるか。
銃器を押収され、両手に手錠を掛けられた未成年が一瞬こそ戸惑ったものの、簡単に同意するのか。
まるで、明日になれば家に帰れると確信しているかのようだ。
何が起きている。
石動は男子便所に入り、便器の前でズボンを下ろし、腰を落ち着けた。
「うむぅ」
必死に知恵を絞り出すように力む。
現状手元にある情報を整理する。
目撃された化け物。少女が所持していた銃器。
化け物とは何か。
集団催眠の線は限りなく薄い。教室にいた生徒だけならまだしも近隣住人から寄せられた目撃情報のことも考えると、そのような薬品は聞いたこともない。
新しい薬品だとしても、ただの中学生が手に入れられるか。だが、手に入れたとしても街中の人間に使用するには、それ相応の規模の機械が必要だ。
それを行うには大規模な組織が必要となる。たかだか一人の少女にそんな力や接点があるのだろうか。
その接点を見つけることが出来れば銃器の説明も出来る。
いずれにしても、その接点を見つけることを優先すべきだ。薬品があるかどうかは二の次。
銃器の入手先。
それを問い詰める必要がある。
「うはっ!」
答えを導き出し、石動はハッとして吠えた。
「歳は取りたくねぇもんだなぁ」
ひねり出した答えは薄汚れた水の中で渦を巻いている。渦の中に赤い雫が一滴だけ混じっていた。
その赤が石動の中で毒々しく色づいていた。不可解さが痛みと共に増していく。




