2-9 レベル2の最弱とレベル2の最強
昨日訪れたはずの今日が来た。
高杉陽太はうんざりしたようにため息を吐き出した。
陽太には何が起きたのかが理解できなかった。気が付けばモンスターは姿を消し、目の前に現れた。
今までと違う動きに困惑する。その答えを知るために学校へ行くと樹美鈴がツンとした表情で椅子に腰を下ろしているだけで、星宮灯里の姿はなかった。
「星宮は?」
陽太の問いかけに美鈴はぷいと顔を背けるだけで応える様子はなかった。
美鈴の足元には遠征にでも行くような大きなカバンが置かれている。
それを問いかけようとしても、美鈴はツンとそっぽを向くだけだった。
数多くの女子生徒を悩ませる美貌の持ち主、月野卓郎の姿もない。
ため息を吐き出して、陽太は席に着いた。
「ホームルーム始めるぞ、委員長」
藤堂大悟三六歳独身はいつもの野太い声でいつもの朝を迎えた。
星宮は学校を休んだ。体調不良と連絡があったらしい。ループした世界では何度もあったことだ。
陽太は学校が終わるのを待つことにした。
昨日受けたばかりの授業は新鮮さも何もない。普段から右から左へと流れていく退屈な授業だ。
繰り返したという事実が拍車を掛けて、陽太は教科書を見ながらゆっくりと瞼を閉じようとした。
周囲には似たような仲間がいた。力尽きて机に突っ伏して、掛けていたメガネを外している猛者までいる。
とうとう見て見ぬふりをしていた教師がキレた。
てっきりチョークをへし折ったのかと思った。それにしては騒々しい爆発音が教室に響いた。
陽太の脳みそを覚醒させたのは、窓枠に足を掛けた赤い瞳を見た時だった。
なぜだ。
昨日訪れた今日はこんなことはなかった。
森の中で遭遇した。前回の土色の巨腕と同じ行動をとっていたはずだ。
行動パターンは変わらない。それは前回の土色の巨腕で確認した。だが、窓枠に足を乗せた翼の生えた土色の巨腕は教室の中を一瞥し、陽太の顔を見つけるとにやりと笑ったのだ。
まるで、初めから陽太が狙いだったと言わんばかりに。
それと理解すると陽太は椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった。
一瞬の静寂を突き破り、鼓膜を劈こうとする悲鳴が響き渡る。窓の傍に座っていた生徒の頭が引きちぎられた。
それと見るや誰もが立ち上がり走り出す。
出入り口に一番近かった教師がそそくさと廊下へと逃げ出し、その背中を追いかけるように生徒たちがなだれ込む。
その群れに遮られ、陽太は先へと進むことが出来なかった。
土色の巨腕は机をなぎ倒し、太い腕を振り回して距離を詰めてくる。
武器などない。星宮もいない。
それ以前になぜこんなことになっているのかが理解できない。
誰もが諦めようとしていた。生徒を薙ぎ払い、机を踏み砕き、雄叫びを上げる大きな口が眼前に迫った時、目の前に美鈴の背中が現れた。
「美鈴!」
いつもそうやって美鈴を庇ってきた。
弱虫で、泣き虫な妹のような幼馴染は大きな銃を抱きしめていた。
「今度は」
その声と共に美鈴は肩越しに得意げに振り返った。
「私が陽ちゃんを守るよ」
その言葉と同時に土色の巨腕と向き合い、美鈴は引き金を引いた。
直後、美鈴の体が半歩、引きずられるように後退した。思わず陽太は両手を伸ばして美鈴の体を受け止める。
美鈴の肩越しに正面を見る。
生クリームの泡だて器に似た機銃は砲身から光を放つ。それは無数の弾丸となって土色の巨腕に叩きつけられる。
床や壁、天井に穴をあけ、その攻撃を受けた土色の巨腕が窓際へと押しやられる。
土色の巨腕が窓枠に手を掛けると同時に美鈴の銃は煙を上げて沈黙した。
あと少しだったのに。陽太が悔しがり、ループを覚悟する。
それと同時に美鈴は銃の先端を取り外してこん棒のように握りしめた。
「待ってて」
優しい力強い言葉を置き去りに美鈴は走り出す。
痛みに悶える土色の巨腕。木肌のような固いい表皮はいくつもヒビが入り、そこから赤い血を流していた。
美鈴は一気に距離を詰めると満足に立ち上がることも出来ていなかった土色の巨腕の顔面に目がけて、こん棒を叩きつける。
フットボールのような形の頭は歪み、断末魔のような響きを覗かせて窓枠の向こうへと体を引きずるように滑り落ちる。
その巨躯が窓の下へと消える。直後、聞き慣れた声が何かを叫ぶ声が聞こえた。
「歪んだ灯!」
その声の直後、窓の下から火山が噴火したような火の柱が空へと突き上げられる。
土色の巨腕の巨体を包み込むほどの大きな炎。
その体が炎の中で灰へと還る姿を陽太は確かに見た。
誰もが今起きた出来事を理解できず、美鈴だけが窓の外を見て得意げに笑っていた。
ようやっと足を動かし、窓の外へと身を乗り出した。
黒いコートを着た月野が右手を空にかざして勝ち誇っている。
二人の双眸が交錯し、その視線の意味を理解する。
「お前もか」
聞こえるはずのない陽太の問いかけに応えるように、教室を見上げる月野の唇が答えた。
「無論だ」




