2-6 レベル2の進化
高杉陽太はそそくさと掃除を済ませた。
以前目撃されたオカズの類はすべて灰となった。おかげで掃除と言ってもさほど大げさなものではない。
軽く掃除機をかけ、座布団を二つ用意した。
いまさらになって陽太も思う。
当たり前のように星宮灯里を誘ったが、やはりもう少し気に掛けるべきだっただろうか。
陽太にとっては何度も起きた出来事だ。いまさらこの程度のイベントに戸惑うはずがない。はずがないのだが、冷静に考えてみるとやはり違う。
違うのだ。割と大きなイベントなのだ。
それも男女から清き一票をあっさりと勝ち取ることが出来るような少女だ。
ボーイッシュだが女としての見た目よし、活発的でノリも性格もよし、女子力はそこら辺の母親並みに高い。下手をするとおばあちゃんクラスだ。歴戦を潜り抜けた母親のような料理レベルと健康に対する細やかな気遣い。
時代が時代なら、いつ嫁に出てもおかしくはないのだろう。
嫁、か。
ピンポーン、と鳴ったインターフォンに陽太の思考はあっさりとかき消された。
「遅かったな」
扉を開けると大きなカバンをぶら提げた星宮が立っていた。
中身は装備の一式だ。陽太はそれと理解しているが、一見すると泊まりにでも来たようないでたちだ。
「お、おう。まぁ、上がれよ」
陽太の言葉に促され、星宮もそそくさと扉の隙間に体を滑りこませた。
「そんな縮こまるなよ」
星宮も妙に意識している。
かっちこっちとぎこちなく体を動かして靴を脱ぐ。
私服に着替えた星宮は長いスカートを穿いていた。モンスターの闘いの時はいつも動きやすい恰好をしていたのだが、今日の星宮は妙に女の子くさい。
なぜだ。
星宮は陽太の自室に上がり、ちょこんと腰を下ろした。陽太もカルピスを差し出したが、いつもあんなにも甘ったるいカルピスが随分とあっさりとした味に感じられた。
「・・・」
「・・・」
対話というのは言葉を用いてこそ成立するものである。つまるところ、どちらかが言葉を紡がなければ、沈黙とは未来永劫続くものである。
時計の針だけが早くしゃべれとばかりに二人をはやし立てた。
「天気いいね」
「・・・うん」
なんたることだ。会話において最もタブーとされる天気の話をしてしまった。
このままでは最終的にしりとりでもはじめてしまいそうな勢いだ。
「ゲ、ゲーム持ってきた?」
陽太の言葉を待っていたとばかりに星宮はスマートホンを取り出した。
星宮もあれから一度もゲームを起動していないという。
それを確認した上で陽太もゲームを起動した。ダウンロードした記憶もないが、陽太の持っているゲーム機には『ワールドオブナイトメア』というゲームが入っている。
スタートボタンを押すとテレビ画面はゆっくりとブラックアウトした。
「やっぱり、終わったのよ」
星宮の希望を断ち切るように画面は切り替わる。
テレビ画面にはゲームクリアと表示されていた。星宮のスマホも同じ文字を刻んでいた。
その文字の下には次へと書かれた文字がある。
「押せ、てことだよね」
星宮が恐る恐る尋ねた。陽太はその言葉にじっくりと頷いた。
再び画面が切り替わり、レベルアップと表示された。
普通のゲームであれば、レベルアップ時にはステータスが上昇する。
筋力やら素早さなど。だが、画面にはそのような文字は表示されていない。
ただ現れたのは技を習得したという文字だった。
「星宮、お前口から火を噴けるか?」
「無理」
「そうか、俺も出そうにない」
実感はない。手のひらから炎の弾が出る気もしないし、力を込めれば屁が出るだけだ。
「くっさ!」
星宮は悲鳴を上げて窓を開け放った。
技、とは何か。
陽太の武器は研ぎ澄まされた一撃であり、それは刀身が黒いというだけで特別な剣ではない。
炎を纏うことも闇を切り裂くような機能もない。せいぜい必殺の一撃と言えるのは陽太が渾身の力で振り抜くくらいだ。だが、それは技でもなんでもない。
陽太が最も求めているのは土色の巨腕の硬い肌を砕く技だ。
陽太の武器と力ではそれは単なる幻影だ。
「ねぇ、ボールになっちゃった」
星宮の声に振り返ると星宮は刺のついたバスケットボールを取り出した。
いや、それはかつて刺のついたものだった。今はただのボールみたいになっている。
鎖につながれていたはずなのに、今は鎖もない。
まさしくただのボールだ。だが、星宮がそれを持ち上げるとジャラジャラと鎖の音が響き、それに手繰り寄せられるように持ち手が引っ張られた。
「新しい技?っていうより新しい機能だな」
星宮は不思議そうにボールを持ち上げ、不意にポンと頭上に投げた。
星宮の手を離れた瞬間だけボールは元の刺のついた姿に戻り、星宮の手に帰る直前で再び刺のないボールへと還った。
「おー」
特別すごいものであるとは思わなかったが、これで普段から持ち歩くことが出来る。その上、一見すれば投擲武器だ。不意打ちには持って来いだ。
「射程範囲も伸びるのか」
元々の鎖の長さは一五〇センチ程度。以前対峙したモンスターの射程範囲ぎりぎりの長さだ。
それが伸びるのであれば、戦略はより立てやすくなる。
「ドリブルも出来れば最高ね」
バスケット選手にとってはドリブルが命らしい。それを抱えて走り回ることに比べれば、随分と動きやすくなると星宮は笑った。
星宮の武器がこれだけ変化したのだ。
陽太はワクワクしながら剣に手を伸ばした。
「なにそれ」
「安いゴルフバッグ」
陽太は長ひょろいバッグから剣を取り出す。パッと見た限りでは変化はない。
柄を掴んで鞘から抜く。黒い刀身が太陽の光を浴びてギラリと光った。
手に取って、ようやっと気づいた。
「なんだこれ」
剣の柄には引き金がついていた。
「爆発するかも」
陽太は予感した。
これは敵に斬りつけると同時に引き金を引くことで薬莢を利用して爆発的な破壊力を見せることが出来るのだ。
これでやっと硬い敵にダメージを与えることが出来る。
「ちょっと押してみようよ」
陽太よりも星宮の方がワクワクしていた。自分の武器がこれほど変化したのだ。
陽太の武器もまた大きく変化することを望んでいた。
次が来たら嫌だと思っていたのは、同じ日を繰り返すからだ。前のような苦戦が強いられないとなると、自然と心は高揚した。
「おう!」
カチッ。
爆発すると断言しながら陽太の手は滑った。小学生にアルコールランプを持たせてはいけないのと同じ道理だ。
「ひっ!」
その音と共にすかさず星宮は伏せた。陽太はびっくり仰天したまま硬直した。
にょき。
研ぎ澄まされた一撃の刀身がわずかに伸びた。
「・・・」
「・・・」
伸びた。
うん、伸びた。
二人は視線を交錯させ、沈黙した。
カチッ。
にょき。
トリガーを引くごとに刀身は伸びた。まさにシャープペンシルのような動きだ。
試しにトリガーを握ったまま刀身を引っ張ってみた。
思った通り、その分伸びた。だが、トリガーを引きながら引っ張れるのは限界がある。
間合いが伸びたのはいいことだが、使い勝手が悪い。
今度はトリガーを絞ったまま刀身を押し込んでみた。やはりシャープペンシルのように刀身は収納された。
床に押し付けることで刀身は完全に柄の中にしまわれた。再び取り出すには一度トリガーを引いて先端を押し出し、そこから再び指で刀身を引っ張り上げなければ刀身は元のサイズには戻らない。
「・・・」
「持ち運びには困らないね」
元気づけるように星宮は笑った。
確かに。だが、そうじゃないのだ。
意味もなく長いバッグを背負っていることがカッコいいのだ。如何にも何か隠していますって姿で堂々と歩くのがいいだ。黒いコートに眼帯なんかも一緒に装備していればなおさらだ。こんなポケットに収まるサイズになってしまってはカッコよくない。さらけ出すからカッコいいのだ。
隠しているけど、隠していないからこその風情。男のロマンである。
「わかってない」
挙句、新品で買ったバックの必要性が失われてしまった。
お小遣いの無駄をどうしてくれる。一刻も早くループしてほしいくらいだった。
「必殺技、考える?」
星宮が気遣うように問いかける。
陽太は星宮の顔を睨んだ。
星宮はぐったりと項垂れる陽太を嘲笑っていた。




