2-5 レベル2の口先の魔術師
二人で歩く帰り道。
肩を並べて歩くのは何度目になるかわからない。だが、それはループする一日の中での出来事。
今日が終わればみんな忘れる。そう言う安心感があるからこそ平気だった。
今の星宮灯里は気まずそうに距離を空けた。
今日が終われば明日が来る。そんな超自然的現象が起こることに恥じらいを覚えていた。
日常の中で男子と肩を並べて歩くなど今までになかった。
どうしてループした日は普通に歩けたのか。ましてや家にまで突撃したこともあった。
思い出せば顔から火が出そうだ。かといって目の前の現実を受け止めようものながら、いずれにしても頭が噴火しそうだった。
幸か不幸か、二人の家は同じ方向だった。やがて、高杉陽太の家が見えてきた。
「じゃあ、あとでな」
陽太は手を振って星宮に告げる。星宮はぎっこんばっこんと油の切れたブリキ人形のように手を振り返した。
「あ、装備忘れんなよ」
陽太が二カッと笑った。
まるで、心臓を撃ち抜かれたような気分だった。星宮はがっくんと首を縦に振り、ふらふらと自分の家へと向かった。
一方、職員室に向かった樹美鈴と月野卓郎は藤堂大悟の前に肩を並べて立っていた。
「なんで月野がいる」
藤堂にとって月野は宿敵も同然だった。
授業態度も悪く、口も悪い。怒鳴りつければ怒鳴り返し、あげくの果てにはわけのわからない言葉を並べて煙に巻かれる。
脳みそが筋肉で出来ている藤堂は月野という男が苦手である。そもそも月野という男は理屈が通じる相手ではないのだ。その男に理屈で対抗しているのだからこそ藤堂に勝ち目はないのだ。
「俺がいて都合が悪いことないだろう。それとも、悪党は二対一だと話も出来ないのか」
ふんぞり返るような勇ましさである。
現代では体罰は暴力と置き換えられる。よって、どれだけ月野が悪びれようが、そんなものに怯える必要性はないのだ。
その代わりとばかりに体育の成績は下の下だが、いずれにしても運動音痴の月野である。そんなもの痛くも痒くもない。
「目障りだ。俺は樹と話があるんだ」
「美鈴はコイツと何の話をするんだ?」
ふいに月野は美鈴に問いかけた。美鈴は首をかしげる。
「藤堂、美鈴はお前の話に心当たりがないってよ」
「俺はお前と話をしてるんだぞ!」
藤堂は鼻息を荒くして怒鳴り散らす。職員室の視線を独り占めだ。
「そうか、美鈴。こいつは俺に話があるみたいだ。先に帰ってくれ」
月野はそう言って美鈴の背中を押した。それを見て沸騰した薬缶のように藤堂が吠える。
「違う!そういうことじゃない!樹はいろ!月野は帰れ!」
「どっちなんだ、面倒くさい」
月野は本当に心底めんどくさそうにため息を吐いた。それが余計に藤堂の熱を煽る。
「お前が面倒くさいんだ!帰れ!」
とうとう教頭先生まで呆れたような眼差しを藤堂に向けた。だが、当の本人は知らずに教頭に背を向けたまま喚き散らしていた。
「あぁ、わかった」
月野は満足したように言葉を残して美鈴の手を引っ張ったが、藤堂もすかさず月野の腕を掴んだ。
「お前だけだ!樹は残れ!話があるんだ!」
「俺はお前と交わす言葉など持ち合わせていない!」
「俺もだ!話すことなどない!」
「よかったな、話すことはないってさ。帰ろうぜ、美鈴」
月野は再度逃走を図るが、そうは問屋が卸さない。
藤堂はとうとう堪忍袋の緒が切れた。椅子を蹴っ飛ばすような勢いで立ち上がる。
「だから!違う!樹は残れ!お前は帰れ!」
シン、と職員室が静寂に包まれる。
「おう、お前が帰れ」
「なんで俺が帰らにゃならんのだ!」
ついカッとなって藤堂は右手を振り上げた。
鍛えられた腕が振り下ろされれば、月野の頭は木っ端みじんに砕かれるような気がした。
誰もが危ないと思い、体を硬直させる中、教頭は動いた。
頭部に残されたわずかな毛を風にそよがせて、藤堂の肩に手を置いた。
「藤堂先生、その辺にしときましょう。月野君、大人をからかうのも大概にしなさい。大人でも怒りという感情は持ち合わせているんですよ」
「はーい」
月野はずる賢い。どの人間に敬意を払えばいいのかを理解している。
藤堂には徹底的に反抗するが、教頭には従順だった。
樹も教頭に頭を下げると二人は職員室を後にした。
その背中を藤堂は怒りに満ちた目で睨み付けて見送った。




