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異世界が来い!レベル∞のリトライ英雄譚  作者: RUIDO
レベル.2 インシデント
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2-4 レベル2の密会

 次の日がやってきた。

 高杉陽太たかすぎようたはベッドから飛び降りると同時に日付をチェックする。

 まぎれもない明日がやってきたことを確認すると安堵のため息を吐き出した。

 左腕のナビゲーターはゼロを表示している。

 もうループは繰り返されない、とは思えない。レベル1と表示されていたのだ。

 そこが始発であり、そこが終着であるとは思えない。

 必ず次がある、と陽太は見ていた。

「いいよ、終わりで」

 昼休み、星宮灯里ほしみやあかりと学校の中庭で昼食を取っていた。

 星宮は毎日弁当を作っているそうだ。女子中学生の手作り弁当と呼ぶにはあまりにも母親じみている気がした。

「じっと見ないでよ」

 弁当を庇うように身をよじらせる。そうされるとなおさら中身をじっくり見てやりたかったが、星宮が拳を握ったものだからやめることにした。

 星宮にとっては地獄の日々だった。陽太が現れたからこそ、戦うことに対して前向きになれたが、普段生きている上であり得ない状況だ。

 バスケの試合でぶつかり合うことはあっても殴り合うことはない。ましてや武器を手にして命のやり取りなど正気の沙汰ではないのだ。

 それゆえの願望。同時にそれは決して届かない願いであることも星宮はわかっていた。

「次はある」

 そして、星宮が目を背けていることにも陽太は気づいていた。

 二人で目を背けてもいい。だが、いずれにしてもループはやってくる。

 その時にどう対処するのか。それを考えなくてはならない。

「一人で考えてよ」

 星宮との時間はいつもその話題ばかりだ。星宮はうんざりしたと顔に書いて陽太を睨み付けた。

 本当はもっと違う話をしたかった。

 星宮は陽太のことを樹美鈴いつきみすずの友達程度にしか知らない。

 もっと知りたい。

 星宮はそれを言葉に出来るような人間ではなかった。

「じゃあ、どうすんのよ」

 やっと折れたのは星宮の方だった。めんどくさいと書かれた眼差しで一瞥する。

「まずは必殺技だ」

 それ以外に考えられない、と陽太の顔には書いてあった。うんざりとして、星宮はため息を吐き出す。

「なぁ、星宮。あれからゲームは起動したか?」

 陽太の問いかけに星宮は首を振った。

「俺もまだ、よかったら今日、うちで起動してみないか」

 ループがまた始まる。

 そんな恐怖は存在した。だが、同時に好奇心は冷め止まない。

 敵を倒した勇者は経験値を得てレベルアップする。レベルアップを繰り返せば技の一つや二つ使えるようになるということは必然である。

 陽太はそれを確認したかった。それさえ確認できれば満足である。

 それゆえの提案だった。

「今日、夕方までは誰も帰ってこないし、それなら誰の目にもつかないからさ」

 陽太の目にはワクワクと書かれている。それを見つめる星宮の目にはドキドキと書かれている。

 男子から突然家に来ないかと誘われている。挙句、二人きりという状況。

「なぁ、俺と二人で次を見ようぜ」

「う、うん」

 陽太の勢いに押されて、星宮は頷いていた。

 

 午後の授業が終わろうとしている。

 昼食を終えた生徒たちは微睡と戦いながら、必死に机にかじりついている。

 中には船をこぎ出すものもいるが、午後の授業に対する教師の心意気もなかなかのものだ。

 ちょっとでも船をこぐ生徒がいようものなら、すかさず怒鳴り声を上げた。

 もう間もなく終わろうとする頃、月野卓郎つきのたくろうが教師に怒鳴れて目を開けた。

 まだ夢から覚めやらない頭を掻きながら月野は隣を見た。

 隣では樹美鈴いつきみすずが待てと指示を受けた犬のような面持ちで座っていた。

 その視線は教室を見下ろす時計と窓の外を眺めてうずうずしている高杉陽太たかすぎようたを交互に見ていた。

 授業など耳に入っていないのだろう。

 よくあることだ。

 美鈴が陽太に対して用事がある時は、そんな状態によくなる。チャイムが鳴ると同時に立ち上がっては、瞬間移動のように陽太の席へと飛びつく。

 普段おっとりとしている美鈴が唯一高速に動くことが出来る瞬間である。

 早速とばかりに授業の終了を告げる鐘が鳴った。

 起立、礼、ダッシュ、の三拍子で美鈴は動いた。だが、それよりも陽太が早かった。

 美鈴は足を止めた。

「星宮、一度家に帰るか?」

「は!?え?わ、わかった」

「え、いや、聞いてるんだけど」

「帰る!」

「おい、ホームルーム終わってからにしろよ」

「なんなのよ!」

「・・・お前がなんなのよ」

 突然目の前で繰り広げられたちんけな漫才に美鈴は声を失くした。

 月野もまた珍しい二人のやり取りをじっと見入っていた。

 月野達の知らない異次元で死闘を繰り返した陽太達からしてみれば、なんてことのない日常である。

 月野と美鈴にとっては、その日常こそが異次元である。

 月野は心の中で陽太の脱・童貞を祈願し、美鈴はふるふると怒りに肩を震わせた。

 当然のことながら幼馴染である理由はあっても、その権限を振りかざして怒りを露わにすることは出来ない。

「ふ~ん」

 にこやかな笑顔と果てしなく遠い声色で美鈴は声を出した。

 そこでようやっと星宮と陽太は美鈴の感情を読み取った。

 憤怒だ。

 ただの怒りよりも激怒すらも通り越した地球をもかみ砕いてしまうわんばかりに歯を食いしばり、美鈴は白い歯を見せている。

 耳を澄まさずともぎりぎりと歯の軋む音が聞こえてきそうだ。

「お、おう、美鈴。どうした」

 さすがに長い年月を共にした相手である。陽太は美鈴の怒りを察して微妙に引きつりながらも柔らかい笑顔を見せた。

「私も行っていい?」

 ただし、断っていいとは言っていない。

 美鈴の顔にはそんな言葉が書かれている。

 いつもの陽太ならば、あっさりと承諾したことだろう。だが、今の陽太は勇者である。

 難敵と戦いを挑み、強敵と剣を交える。それが勇者なのだ。

 たかだか幼馴染に手間取っていては、勇者を名乗ることができるはずもない。

「悪いな、美鈴。今日はちょっと」

 衝撃を受けたのは月野である。

 陽太はなんだかんだ言って美鈴には甘い。今回のように露骨に怒りを表す美鈴に対しては特別だ。

 いや、むしろ、そうしないと美鈴の怒りは収まらない。

 月野も長いこと陽太と共にいるが、他人に陽太が取られるという事態になると美鈴は鬼のように変貌する。

 その時の美鈴はさながら執着心の塊。粘っこい嫉妬が陽太の自由を奪おうと付きまとう。

「ごめん、今日はだめだ」

 おぉ、と思わず感嘆の声を上げた。

 美鈴に対して陽太が抵抗している。だが、美鈴には最強の武器がある。

 無駄かつ有用的に成長した乳袋である。中学生の男子ならずとも男であれば抗うことの出来ない宿敵である。

 いかようにして、この難敵を突破するのか。

 月野はにやりとニヒルな笑みを浮かべた。

 一歩も退かまいとにじり寄る美鈴と頑なに防御に徹する陽太が互いににらみ合う。

 バチバチと火花が散る中、不意に教室の扉が開かれた。

「おい、ホームルーム始めるぞ。席につけ」

 担任教師が仏頂面で登場した。藤堂大悟とうどうだいごと名乗るこの男は剣道二段の男であり、午後の授業で最も眠ってはいけない教師として名高い男である。

 藤堂が教室を嘗め回すように睨み付けると一瞬にして静寂へと還る。

 美鈴も口を閉ざして大人しく席に着いた。

 今まで彼の顔が教室に現れることを喜んだことはないが、この瞬間だけ陽太は歓喜した。

「明日の体育は、男子は道場で剣道。女子は体育館でバレーだ。男子は道着を忘れるなよ」

 藤堂の受け持つ授業はもっぱら体育だ。基本的に体育とは教科書がないのをいいことに教師の暴挙が許されてしまう。

 教師の勝手な思い付きでアレやってみよう、これやってみようと、さながら生徒はモルモットのように扱われる。

 藤堂は特に剣道に力を入れている。おかげで剣道部は全国大会の常連である。

 その功績が認められ、学校に通う男子生徒は剣道着の購入を強制させられている。

 おかげで興味本位に剣道部へ入る者も多い。そして、同時に藤堂のシゴキに耐えられず退部者も続出である。

 そのくせ授業ではしっかり剣道もやっている。それも退屈しのぎとばかりに試合形式での実践ばかり。

 藤堂が剣道と口にすると誰もがウンザリとしたため息を吐き出した。

 それを知ってか知らずか藤堂大悟独身三六歳はにやりと下卑た笑みを浮かべた。

 比べて女子は楽なものだ。体育館はほとんど放置。時折鼻の下を伸ばした藤堂が見学に現れる程度で、その嫌な視線に数分我慢すれば、あとは自由時間のようなものだ。

 死刑宣告を受けたような面持ちの男子を置き去りに女子の士気は上昇中。

 抵抗勢力の一つも現れることなく、ホームルームは無事に終了した。

 しかしながら、ここからが本番である。

 休戦を強いられた陽太と美鈴の視線が交錯する。その間に挟まれた月野は頭を抱えて伏せた。

「あ、樹!お前、後で職員室に来い」

 だが、開戦の合図と同時に藤堂はふいに美鈴の名前を呼んだ。

 美鈴は藤堂のお気に入りである。クラスの中で唯一の巨乳と呼ばれる美鈴はいつも藤堂のいやらしい視線にさらされている。

 その目は教師というよりも、ケダモノの目である。穢れた目線に女子は戦意喪失である。

 美鈴もまた諦めたようにため息を吐き出した。

「行くぞ、星宮」

 ここぞとばかりに陽太は吠えた。

 その声に促されるように星宮は走り出す。

「ごめんね」

 星宮は申し訳なさそうに美鈴に声を掛け、星宮は美鈴を置き去りにした。

 美鈴は恨めしそうに二人の背中を見送った。

「ついてってやろうか?」

 美鈴は藤堂が嫌いだ。三六歳独身であり、油ギッシュな表皮と相まって、ねっちょりとした視線は美鈴の背筋に嫌なものを走らせた。

 いつもは星宮について来てもらっている。職員室といえど、藤堂のスキンシップは想像しただけでも身震いがする。

 美鈴は月野の提案に渋々首を縦に振った。

「まぁ、たまには放っておいてやれよ」

 月野の言葉に美鈴は仏頂面で再度ため息を吐き出した。

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