2-2 レベル2の時間軸の収束
休み時間の屋上は物静かだ。あいにく頭にリーゼントをのっけた不良も煙草を吸ってむせているような悪ガキもいない。
二人が望んだ明日が、そこにはあった。
高杉陽太と星宮灯里は、屋上から見える景色を眺めていた。
二人の通う学校は高台にあるわけではないので残念ながら景色がよく見えるわけではない。
それでも、二人にとっては初めての出来事だった。
授業を抜け出し、予定も何もないのに、外へ飛び出す。そんな小さなイベントが、二人の心を躍らせる。
「倒したんだね」
星宮の嬉しそうな声が風に乗って遠くまで響く。その言葉を耳にして実感が心を満たしていく。
ようやっと掴んだ明日。前へと進んだという現実に心が躍らずにはいられない。
「一人でね」
陽太は誇らしげに鼻を膨らませた。間抜けなズピーという音が鳴った。
それを聞いて星宮は笑った。
彼女が傍らにいる。その笑顔を見ることが出来た。
陽太にとっては、それ以上の幸福はなかった。
「でも、どうして来なかったんだ?」
陽太の問いかけに星宮はややあって笑った。
「ごめん、嫌になっちゃった」
「というと?」
「んー、飽きた、かな」
てへぺろ。
なんてこったい。
星宮の気まぐれに振り回され、悲しむ必要もないのに悲しんでいた。だが、そのおかげでこうして明日を迎えることが出来た、と思えば少しは気が楽になった。
実際、危機感は薄れかけていた。星宮が死んだ、という嘘がなければ、今日という明日は本当ならば来なかったのかもしれない。
「ごめん、嘘」
「え?」
「怖かったの。この前戦って勝てる、て思ったの。でもダメだった。だから、もうだめだぁ、ってなって。ずっと寝てた。でも、気付いたら夜の〇時を回ってて、初めて明日になったって気付いたの。それで、あんたを探しに森まで行ったの。それで、」
ふと、星宮は言葉を詰まらせた。
何かを思い出したように視線を彷徨わせると頬を赤く染めた。
なんとなく追及するのをやめたのは、陽太も思い出してはいけないようなことがあった気がした。具体的にそれが何かとは思い出せなかった。だからこそ、思い出してはいけないと、陽太の心が警鐘を鳴らしていた。
「あ、あのさ」
沈黙を破ろうと開いた星宮の言葉と同時に授業の開始を知らせるチャイムが鳴り響く。
陽太が不思議そうに星宮の顔を覗き込んだが、「なんでもない」と不満そうに吐き捨て、星宮は走り出す。
やれやれとため息を吐きながら陽太も星宮の背中を追いかけた。
樹美鈴は違和感を覚えた。
幼馴染である高杉陽太との距離は間に月野卓郎を挟んで机一つ分の距離だ。
古くから彼を知る美鈴だからこそ発見した違和感である。
斜め後ろを時折振り返るのだ。
そこには女子からの人気が高い星宮灯里の姿がある。
そこにも違和感が一つ転がっている。
星宮の人気の一つは野暮ったい姿にある。
それなのに、今日の星宮はまるでそこらへんに転がっている女子のように化粧を施している。
頬は薄く朱が射し込み、果実のような唇は潤いに満ちている。
早く大人になろうとエスカレーターをも駆け上がろうとする女子中学生という多感な時期である。
ある者は化粧品を買いあさっては自分の顔面をキャンパスのようにして芸術品を作り上げることに青春を注ぎ込み、ある者は性犯罪に自ら足を踏み入れるなんてこともしばしば。
その中でも地の自分をさらけ出す彼女の姿は男らしくもあった。それゆえの人気。
美鈴から星宮に化粧を勧めたこともあったが、やんわりと断れた。何とか休日だけでも化粧をするようにこぎつけたが、ほとんど見たことはない。
それなのに、今日の星宮はまるで人形のような顔で黒板を見つめている。
クラスメイトの男子も星宮の様子をちらちらと伺っていた。
陽太も初めは物珍しさからそうしているのだとばかり思っていたが、どうやら違うようだ。
他の男子と違い、時折、憂いに満ちた表情を浮かべてため息を吐き出すのだ。
星宮もまた陽太に視線を向けることがあった。二人の視線が交錯すると二人だけの秘密を持っているみたいに声もなく笑い合っている。
メラメラと何かがどす黒く燃えている。それを腹の奥底でしっかりと感じていた。
隣に座る月野もまたそれをしっかりと感じていた。だが、彼はそれ以上に夢中になることがあった。
彼が名付けた土色の巨腕のイラストをノートに描いていた。
相変わらずピカソもびっくりな出来だ。
隣の席の陽太にもそれはちらりと見えたが、陽太はあまり気にはしなかった。
あまりにも似ていなかったために、陽太が対峙した赤い瞳のモンスターと判別することは出来なかった。
月野は一つ、クレイビーストの絵を描くと、その出来に満足したようにため息を吐き出した。
彼の画力を彼自身も理解している。
それでも、月野が手を止めなかったのは、妄想が止まらなかったからだ。
漆黒の天衣と名付けられたコート。
頭から被れば闇に紛れ、人の目から姿を隠すことが出来、なおかつ防具としては耐火性に優れ、雷の同程度の熱量までなら防ぐことが出来る。
軌跡のない足元と名付けられたブーツ。
どれだけ乱暴に足を振り回そうが、足音を出すこともなく駆けることが出来る。
夜を繋ぐ契りと名付けられた腕に巻き付いた鎖。
防具としての機能は皆無。魔力の増幅装置である。月野の精神エネルギーを五つの指輪へと供給する。
月野はノートに下手くそな絵と文字でそれらを書き殴った。
「なんだよ、それ」
いつまでもノートにかじりつく月野に陽太は尋ねた。
月野は慌ててそれを両手で隠した。
陽太は怪訝な顔をしながらも深くは追及しなかった。
二人が昨日過ごした時間はずれていた。
陽太は何度も昨日を繰り返し、ただ一人怪物と戦った。その世界では月野と美鈴はループの一部だった。
月野はたった一度だけの死を迎え、あっさりと勝利し、今日を手に入れた。
時間軸の異なる四人が一つの時間軸へと収束する。
ナビゲーターはカウントダウンを始める。
第二ステージに向けて。




