2-1 レベル2の最強
世界は終わらない夢を見る。
その長い長い歴史の中で、悪夢は繰り返される。
一人で永遠ともいえる時間を味わってきたのだ。一人で味わうにはもったいない。
特別な子供たちへ送る。
世界からの繰り返される終わり。
ただ一人、幼い少女の姿をした世界は笑っている。
無邪気な笑みが、心底楽しそうに、懸命に生きる命を頬張っては飲み込もうとしている。
さて、次の繰り返される終わりは何にしようかな。
世界はただ一人、ハミングする。
それはもう一つの時間軸。高杉陽太と星宮灯里がやっとの思いで終わらせた今日。
月野卓郎は整った顔に意地の悪い笑みを浮かべて突き進んでいた。
その隣で必要以上に育ってしまった乳を隠すように自身を抱きしめる樹美鈴の姿があった。
「ね、ねぇ、陽ちゃんには言わないの?」
暗闇に怯える美鈴は隣を歩く月野に尋ねた。
月野は応えなかった。
漆黒のコートに身を包み、必要以上の装飾のつけられたブーツで大地を踏みしめる。
月野の右手の五本の指には色違いの宝石が施された指輪がはめられている。それらはチェーンで手首へとつながれている。
土色の赤い瞳の獣は両方の目で月野を捉えている。開かれた口は意気揚々と荒々しい吐息を吐き出している。
「ねぇ、本当にあれと戦うの?」
美鈴はすっかり意気消沈している。その手には自分の身長も優に超えるほど大きな銃が握られている。
ベースは生クリームなどを泡立てる機械だ。美鈴は軽々とそれを持ち上げている。
「お前は黙って見ていればいい」
月野が右手を持ち上げると、ジャラジャラと音を立て、指先で鎖が躍る。
初めは重力に引きずられるだけの鎖は、意思を持っているかのように蠢き始める。
森の奥底で赤い瞳は跳躍する。両腕を地面に突き立て、高く舞い上がり、木肌に爪を食い込ませる。
照準に二人を捉え、瞬く間に距離を詰める。美鈴は思わず腰が引けて、その場に尻餅をつく。
「頭が高いぞ、三下!地獄の業火に包まれ、その無礼を悔いるがいい!俺の名は無限の砲撃!俺の魔法はお前の体を灰になるまで燃やし尽くす!」
その言葉を合図に月野の右手から炎の砲弾が現れる。
「土色の巨腕よ、お前程度じゃ、俺の相手にはならねぇよ」
射出。
その腕から炎は飛び立つ。弾丸だ。いや、それよりも早い。
傍にあった木々をなぎ倒しながら、炎の弾丸はモンスターの体を包み込む。
その一撃は高杉陽太と星宮灯里が苦戦したモンスターを一瞬にして絶命させた。
一度の攻撃も許さなかった。近づくことすら許さない。
彼らのカウントは一のままだった。
二人は一度死んだ。そして、チュートリアルを終え、この森へとやってきた。
タイミングを合わせたかのように居合わせた二人は静かに戦うことを決意した。
「すっごいねぇ」
地面に腰を下ろしたまま月野を見上げる美鈴。その美鈴を見下ろして、月野は得意げに笑った。
それと同時に月野の膝も少しだけ笑っていた。
目が覚めると自室のベッドの上だった。
なんでだ。
高杉陽太は困惑した。
モンスターは確かに倒した。形を失い、粉塵へと帰したのだ。それは確かに目撃した。だが、なぜ、またベッドの上で目が覚めたのか。
陽太にはわからなかった。
いつも通りの朝日が窓から射し込んでいた。
なぜだ。
決死の思いで戦った。二度と今日が来ないことを望み、明日を掴むために拳を握った。
その感触を確かに覚えている。
痛みも恐怖も勇気も、すべてが陽太の中に残っている。
それなのに、またしても今日がやってきたのか。
項垂れる陽太のバシン、と強い音が響いた。
とっさに顔を上げると姉の凛子が怒り心頭と言った様子で陽太を睨んでいた。
「ごはん、食べれる?」
一瞬喉元に突きつけられた怒りの矛先を凛子が静かに納めるのが分かった。
あれ。
いつもと違う。
「昨日何してたの?」
時計の針は八時を指している。学校へ行く時間はとっくに過ぎている。
陽太は答えられなかった。何度も繰り返した今日、そんな昔のことなど当に覚えてなどいなかった。だが、昨日の今日は、明日だった。
陽太の左腕に嵌められたナビゲーターが
幾度となく望んだ明日が来たことを知らせる。
凛子は諦めたようにため息を吐き出すとふすまを閉じようとした。
「姉ちゃん」
陽太の声に凛子は手を止めた。
何が起きたのか、陽太が誰よりも聞きたかった。
どうしてここにいる。
モンスターは本当に倒すことが出来たのか。
何もかも陽太にはわからなかった。
その答えを凛子も知らない。凛子が知っているのは、一つの事実。
「女の子があんたのこと助けてくれたんだって。詳しく話してくれなかったけど、あんたに感謝してるって。行けるなら学校行きなよ。連絡してあるから」
「女の子って」
「名前は聞いてないけど、クラスメイトって言ってたわよ」
陽太は教室の扉を開いた。
授業の真っ最中だった。クラスメイト達は突然開いた扉に驚き、その目を扉の前に立つ陽太へと向ける。
陽太の目はただ、星宮灯里に向けられていた。
ショートヘアの似合う少女は、薄い化粧をして、得意げに陽太に微笑みを向けた。




