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「優人くんが急に消えちゃっただけでもびっくりしなのに、その後なっちゃんと一緒に現れるんだもん。あたし、も~っとびっくりしちゃった」
瞳はあずきと白玉たっぷりのかき氷をつつきながら、唇を尖らせた。
器の横からぽたぽたと抹茶シロップがたれているのに、まったく気づいていない。僕は瞳のかき氷を一すくい頂戴した。
たまには違う味のかき氷も食べてみたらいいのに。ただ単に、僕が違う味を食べてみたい、ってだけなんだけど。そういう僕の目の前には、いつも通りの熱々ぜんざい。
今日の辻屋は臨時休業。力を使いすぎて体調を崩した玉井を看病するのに、夕子ばあちゃんはつきっきりだ。要さんの計らいで、辻屋は僕と瞳の貸切になった。
「玉井、どうだった? 元気そう?」
「うん、後で優人くんも行ってみるといいよ。まあ……夕子ばあちゃんには怒られるかもしれないね」
瞳はにやにやと嫌な笑みを浮かべていた。他人事だと思って……!
本当は午前中に瞳と二人で玉井のお見舞いに行く予定だった。予定っていうのはいつだって未定要素をはらんでいるもの。
寝坊して、待ち合わせ時間に間に合わなかった僕を一人放って、瞳はさっさと玉井に会いに行ってしまっていたんだ。
「いつもは初美が起こしてくれるんだけど。合宿に行ってるってこと、忘れてたよ」
「初美ちゃん、今日帰ってくるの?」
「うん、夕方ごろになるって。さっきメールが届いたよ」
例の懐中時計は今、白河神社にある。西園寺も現時点では特に目立った動きを見せていなかった。一応一件落着、ってことなのかな?
花野に懐中時計を返しに行くのは、玉井の体調が戻ってからにしよう、ということになった。瞳の話ではもうほとんどよくなっているみたい。万全を期して、安静にしているっていうだけだって。
瞳には鏡の中で起こったことを全部話した。夢見心地で頭の整理がつかない僕とは反対に、瞳はあの時のことをたった一言で解決してしまったんだ。
「あれはね、奇跡だよ」
奇跡なんてそんな簡単に起こるわけないじゃないか。
そう思っていたけど、案外奇跡はそこらじゅうに転がっているのかもしれないね。信じていなかったから、今まで僕に見えていなかっただけで。
「よっと、じゃああたしそろそろ帰るね。来週、うちの神社でお祭りがあるんだ。今からその準備。早く帰らないとお父さんに怒られちゃう」
瞳は半分以上残ったかき氷を僕のぜんざいの隣に押しやった。
「あげる! 今回優人くん頑張ったから、ご褒美!」
食べかけのかき氷をもらってもなぁ……どうせならもう一杯ぜんざいをごちそうしてほしいな。
ニカッと笑い、辻屋を後にする瞳の後ろ姿を、苦笑いしながら見送った。