16
血のついた人形を拾い、瞳の眼前でクシャリと握りつぶす。傷口からドクドクと血が流れ出し、人形をさらに赤く染めた。
二枚あったはずの人形が一枚しかない。きっと……西園寺邸にいた僕と人形の座標を入れ替えたんだ。
「あいつになんとかできる力なんてもう残ってないんだ! だから僕が……僕が助けに行かなきゃ」
黒猫のところに行かなきゃ。
憑りつかれたような足取りで歩く僕の目の前に、瞳が立ちはだかった。
「どいてくれ」
「どかない」
瞳はキッと僕を睨みつけた。
「ここは、通さない。これくらいの事態を切り抜けられず捕まってしまうのなら、あの子もその程度だったということ。西園寺側も今回のことを表沙汰にはしたくないはずだよ。西園寺さんが花野さんから懐中時計を盗んだのは確かなんだから。相手の出方を待って、穏便に済ませましょう」
頭に血がのぼった。
瞳は《白犬》の立場から最善の方法を編みだしただけだ。でもその冷静な口ぶりに余計に腹が立った。
僕は扉の前に陣取る瞳を力づくで押しのけた。瞳はバランスを崩してよろめき、扉の前に倒れた。それでも瞳はめげることなく、再び扉を背にし、僕を行かせまいと両手を広げた。
「あの子の……なっちゃんのしたことを無駄にしないで! 優人くんが乗りこんで切り抜けられると思ってるの⁉ そんな簡単なことじゃないでしょ!」
悲痛な声で瞳は叫んだ。僕は自分を奮い立たせようとしたけど……一ミリたりとも前に進むことができなかった。僕が行けば、黒猫のしたことは全部無駄になるんだ。
「じゃあどうしたらいいんだ……」
髪をくしゃくしゃにかき乱し、僕は頭を抱えた。誰か助けてくれ……僕は空を仰いだ。
ふいに僕の視界の隅に、ご神体の姿が飛びこんできた。僕が散らかした棚のさらに奥まったところに、ご神体は静かな光をたたえている。
僕はすがりつくように、それに詰めよった。
「助けてやってくれよ。あんただって助けてもらったんだろ?」
この時の僕はどうかしていたとしか思えない。僕が一番悪いのに、瞳に責任を押しつけ、しまいにはただの「物」にまで当たり散らすなんて。
「こいつらは昔、あんたのために命を賭けたんだろ? それならあんただって助けてくれたっていいじゃないか!」
僕の声は小さな本殿の中、むなしく響いた。鏡はうんともすんとも応えない。
「優人くん、何を……」
戸惑う瞳の声がしたけど、僕は振り向かなかった。僕は腕を伸ばし、両手で強く鏡を掴んだ。鏡に僕の歪んだ顔が映る。
何もできない、非力な僕。
「今までこいつらはたくさんの人の願いを叶えてきた……こんな時に見放すなんてあんまりだ!」
多くの人を救った結果がこれ? 二人の努力の見返りがこんな結末?
僕は鏡を抱きしめ、膝をついた。涙が次から次へとこぼれた。いろんな感情がごちゃまぜになって押し寄せてくる。
「頼むから、あいつを助けてやってください……」