15
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何かが倒れる音と僕の意識が戻るのは同時だった。
木の天井、木の床。僕のお尻の下には木の棚の残骸、そして一枚の人形。
花瓶の破片が手に突き刺さる。棚から落ちて割れたんだろうか、花瓶に入っていた水はそこらじゅうを濡らし、飾られていた榊の枝が床にぶちまけられていた。
痛みに気づいて手をひっこめた時には時すでに遅し。僕の左手の中指はザックリ切れ、赤い血がにじみ出ていた。指先から落ちた僕の血が、白い紙の人形に落ちた。
「優人、くん?」
瞳の声……その声で一気に西園寺邸での出来事がフラッシュバックする。そして、自分がどこにいるのか、認識する。
僕は今、白河神社の本殿にいるんだ。
「黒猫!」
僕は何をしているんだ! 黒猫のことを一瞬でも忘れるなんて!
濡れた体も、手の傷も気にしている場合じゃない。僕は床を這いながらあたりを見回し、黒猫の姿を探した。黒猫、黒猫……と口にしながら。
「優人くん! 落ち着いて!」
僕の様子が尋常じゃなかったんだろう。狼狽している僕を見て、瞳が僕にすがりついた。
突如僕が現れて、瞳の方こそ混乱しているはずなのに。瞳は僕の腕を抑え、顔を覗きこんできた。
「優人くん、ここはうちの本殿だよ。分かる?」
僕は首を縦に振った。どこから話したらいいんだ? 黒猫は今……どうなってるんだ? 僕はいったいどうしたらいいんだ?
「なっちゃんは今どこ? なぜ優人くんだけがここにいるの?」
「黒猫は、西園寺のところ……座標交換で……僕だけが……」
瞳は大きく目を見開いた。僕のこの言葉だけで、瞳は事態を把握した。
「今頃、西園寺に捕まってるかもしれない……助けに行かなきゃ……」
僕はふらふらと立ち上がった。そのまま本殿の扉に向かおうと歩を進めた時、ゴトリと足元に何かが落ちる音がした。僕は真っ白になった頭のまま、音のした方を見る。
そこには、あの懐中時計が落ちていた。懐中時計を飾る赤い石が、ロウソクの炎を照らし、ゆらゆらと光っていた。
もう……言葉にならなかった。僕のせいだ、僕のせいだ。
「なっちゃんならきっと切り抜けられる。信じて待とう? あの子だって玉井家次期当主なんだから」
瞳は僕を慰めるつもりでそう言ったんだと思う。それは瞳なりの優しさだったんだ。でも、今の僕には逆効果だった。
「どうしてそんな簡単に待とうなんて言えるんだよ! 力を使いすぎたらどうなるか……瞳だってわかってるんだろ!」
完全な八つ当たりだ。瞳は悪くない。なのに、瞳を責める言葉が止まらない。なんとかしろ、瞳に怒鳴りちらしたくて仕方ない。最低だ、僕は。
「人間に対して力を使ったことない……あいつはそう言ったんだ! だけど、僕はこうしてここにいる! 座標交換は成功したんだ。人形と僕を交換したんだ!」
「ゆう……」
僕を止めようとする瞳の言葉を遮った。