13
「くはぁっ……!」
黒猫のうめき声。あまりにも切羽詰った声。
僕は思わず、黒猫たちに視線を移した。
「く……黒猫っ!」
西園寺が軽々と、片腕一本で黒猫の首を絞めあげていた。黒猫は足をばたつかせるが、地面には到底届きそうもない。もがけばもがくほど苦しくなるだけだ。
西園寺は美しい宝石のような青い瞳で、冷たく黒猫をにらみつけていた。
信じられなかった。黒猫がここまで苦戦を強いられていた、ということも驚きだったけど。
何よりこんな顔をする西園寺が信じられなかった。
僕の知っている西園寺はこんな冷徹な子じゃない。冷たいといっても、そこにはどこか人間味があった。
今の西園寺の表情は、残忍な独裁者めいていた。西園寺家次期当主として、西園寺家を支えるために……独裁者の西園寺も必要だったっていうのか?
呆然と西園寺を見つめる僕は隙だらけ。僕の下にくみしかれていた高遠さんが動く気配がした。西園寺に気をとられたのはほんの数秒。でも、高遠さんの動きに気づいたときはもう手遅れだった。
「ふんっ!」
「あ……うあ!」
高遠さんは僕の足をむんずとつかむと……僕を塀に放り投げた。グシャリと僕の体は塀に打ちつけられる。あまりの衝撃で体がバラバラになりそうだ!
ズルズルと背中と塀がこすれる音とともに、僕は地面に崩れ落ちた。
「大口をたたいていた割に、大したことありませんのね」
西園寺は僕に向かって黒猫の体を投げつけた。ぐったりとした黒猫の体が僕に迫ってくる。僕は黒猫を両腕で受け止めることができず、黒猫はそのまま僕の体に衝突した。
「ぐっ……」
「黒猫! 大丈夫か?」
僕は軋む体に鞭打って、黒猫を抱きおこした。
黒猫の顔には無数の擦り傷。その傷は二人の熾烈な争いを物語っていた。
「お前こそ……大丈夫なのか?」
苦痛で顔をしかめながら、腕の中の黒猫は僕に問いかけた。
こんな時に人の心配してる場合じゃないだろ! 僕なんかより、黒猫の方がずっと辛いに決まってる。
「まずい、状況だな」
声を出すのも精いっぱいなのか、黒猫の言葉はたどたどしかった。無理矢理体を起こし、僕から離れようとする。僕はそんな黒猫の肩をグッとつかみ、その細い体を支えた。
なんとかして黒猫だけでも脱出できる方法を考えないと。バッグの中身を思い出すんだ……きっと非常時のために役立つものが入ってるはずだ!
僕はぎり、と唇を噛んだ。
「お前、唇から血が出てるぞ」
黒猫が小さな手で僕の唇にそっと触れた。