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高遠さんはグッと僕との距離を縮めた。失礼だけど、高齢の人の動きとは思えない!
大またで一歩踏み出しただけなのに、高遠さんはすでに僕を射程範囲内におさめていた。
「はやっ……!」
僕の右側面から高遠さんの拳が見えた。僕は少し体をのけぞらせる。
ゴウッという重々しい音とともに高遠さんの拳は僕の体のすぐそばを通過した。こんなの一撃でも食らったら……再起不能だ!
「黒犬様、よけるので精いっぱいではないですか!」
高遠さんは体の勢いをそのままに、僕のあごを目がけて回し蹴りを繰りだした。骨を砕かんばかりの勢いだ。
一歩退いて攻撃をよける。高遠さんの磨き抜かれた革靴が僕の眼前でうなった。
いくら昔空手をやっていたとはいえ、ここ最近はトレーニングさえしていなかった僕だ。高遠さんの攻撃を避けることだけでいっぱいいっぱい、攻撃に転じる余裕がない。
わずかな隙があれば一気に態勢を崩せるんだけど……。隙どころか、高遠さんの攻撃は途切れることがない。
ここはいったん離れるべきだ! 僕は後方に大きく飛びのいた。高遠さんとの距離を稼いで、一呼吸置く。
「くっ……」
高遠さんが再び、僕との距離を詰める。高遠さんが僕の懐まで飛びこんだのは一瞬のこと。
僕の体がぐらりと傾いだのを、もちろん高遠さんは見逃さなかった。すかさず僕の腹をめがけて攻撃を仕掛けてくる。
「ごふっ!」
腹に重い衝撃が走った。
口から僕の内臓が全部飛び出してしまうんじゃないかってくらいだ。高遠さんの右手が僕の腹にずっしりとめり込んでいた。腹が悲鳴をあげている。
「勝負はここまでです!」
高遠さんは勝利を確信したみたいだ。だけど、そんなに甘くないよ!
「捕まえ……た!」
僕は両腕でがしっと高遠さんの右腕を掴んだ。スマートな外観からは想像もつかないほどどっしりとした腕。
だけど、これ以上高遠さんのペースにはさせない!
「なんですとっ!」
明らかに高遠さんは動揺していた。この一撃で僕が撃沈するとばかり思っていたに違いない。
僕はわざと隙を作った――飛びのいた反動でよろめくふりをしたんだ。
僕を仕留めたと確信した高遠さんが、次の攻撃を考えていなかったのは計算通りだった。今まで流れるように動いていた高遠さんの動きがピタッと止まったからね。僕がこんな方法で食いついてくるなんて予想していなかったんだろう。
「せいっ!」
僕は掴んだ腕を一気にねじりあげた。がくんと膝をついた高遠さんを、背後から地面に抑えつける。ギリギリと腕を締めつけ、これ以上動けないだろってくらいまで追いつめる。
早く決着をつけて、黒猫に加勢しなくちゃいけない。どんな風に足を痛めたのかは知らないけど、経験上、放っておくと足の痛みは悪化するはず。時間が経てばそれだけ、勝算は薄くなっていくってことだ。
僕はバッグから手錠を取り出した。
要さん特製の道具の一つ、ただの手錠じゃないよ。これをはめられたらしばらくの間、体が痺れちゃうっていう優れもの。きっと黒猫の爪に使われていたのと同じ仕掛けなんだろうね。
ちなみに僕はすでに身をもって実験済み。練習中、黒猫にはめようと思って返り討ちにあったからね。
僕は高遠さんの後ろ手に手錠をかけようと、手錠を持った手を振り上げた。カシャリと金属のぶつかり合う音がする。今度は僕が勝利を確信する番……そのはずだった。