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すると……猫耳さんの両手にきらきらと光が集まってきた。小さな光の粒が次第に凝集して、何かをかたどっていく。パンッと光が弾けたかと思うと、猫耳さんの紅葉みたいな手の上には、僕がよく見慣れたものが鎮座していた。
「これで許して」
猫耳さんが僕に向かってそれを放り投げる。パサッというビニール音と程よい質量。
僕の手の中に落ちてきたのは、大好きな「たっぷり二色あんぱん」、しかも未開封品だ。
「邪魔してごめんなさい。そろそろ行かないと」
あんぱんと猫耳さんを見比べる僕と、すべり台から僕を見下ろす猫耳さん。
僕たちはほんの少しの間、見つめあった。決してロマンスなんてものじゃないけど、互いに次の言葉を模索しているようだった。
猫耳さんは百八十度回転し、僕に背を向けると、すべり台の上から空へと高く跳躍した。ゆるやかな放物線を描き、大時計の上に着地する。
人間とは思えない跳躍力。いや、猫だからいいのかな?
僕の頭の中は混乱していた。これって猫の恩返し? 昔助けた猫があんぱん持ってお礼に来たとか……そもそも僕は猫を助けたことなんてあったっけ?
「待って!」
猫耳さんは時計の上で振りかえった。とっさに呼び止めたのはいいものの、特に何か言いたいことがあるわけじゃなかった。どうしよう、何を言えばいいのかな。
「あの……せめて名前だけでも!」
ベタだ。なんてベタなんだろう。でも名前を聞かなきゃ呼べない。いつまでも猫耳さんってわけにはいかないし。
「……黒猫」
そう言って、猫耳さん……いや、黒猫さんは再び宙を舞い、闇夜に消えてしまった。まるで猫のように颯爽と。
「黒猫さんかぁ」
ハンドルネーム・黒猫ってことだね。家に帰って、もらったあんぱん食べながら、ネット検索でもしてみようかな。黒猫さんのコスプレ写真が出てくるかもしれない。せっかくだからこれを機に、公園で密会しながらぜひともお近づきになりたいところだ。
「ん?」
大時計の下でチラチラと光るものがあった。僕はそれに近づき、手に取った。
「指輪?」
それはプラスチックの赤い宝石がついた指輪だった。お菓子のおまけみたいなおもちゃの指輪。子供が集まる公園だから、誰かが落としたのかもしれない。
でも、もしかしたら、さっきの黒猫さんが落としたものなんじゃ……?
僕は指輪を握りしめ、ポケットにしまい込んだ。
これを持っていたら、黒猫さんにまた会える。……そんな気がしたんだ。