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「今のうちに!」
黒猫は手から導線を切り離し、僕の腕を引っ張った。痺れて動けない二人の間を強行突破する。
「おまけ!」
黒猫が二つのパチンコ玉を西園寺たちに向かって投げつけた。
パチンコ玉が地面に落下すると同時に、玉からピンクの煙が噴き出し、煙が部屋中を覆いつくした。黒猫に手を引かれていないと、前後左右の区別もつかなくなるくらいだ。
「これで時間は稼げる! 走れ!」
そうだ、何よりもここを出る方が先だ!
僕たちは金庫を抜け、そのまま部屋のバルコニーまで突っ切った。
「飛べ!」
僕が目の前で起こっていることを認識するより早く、黒猫はバルコニーの手すりを越え、真っ暗な夜空に飛びこんだ。……今は黒猫を信じるしかない!
「どうにでもなれ~!」
僕は目を閉じ、やけっぱちになりながら、宙へ身を躍らせた。
飛んでいる時間が長く感じられた。そっと目を開くとスローモーションの世界。星がきらきらきれいだ。打ち所悪くて骨折ったりしませんように……。
そして……グニャでもクシャでもない、さらにちょっと湿った感触が僕を包んだ。
ん? やけに地面が柔らかい。もっと痛いと思っていたけど……そしてなんだか鼻をつく臭いがする。
「うまくいったな。怪我はないか?」
逆さになっている黒猫が僕に手を差しのべた。……逆さになっているのは僕の方かな?
「うん、どこも怪我してない」
黒猫の手を掴み、僕は身を起こした。何かクッションみたいなものが、着地の衝撃を和らげてくれたようだ。
「これ、ごみ箱?」
「ああ。厨房のごみ箱の蓋をあけただろう。まさか逃げる時に役立つとはな」
あの臭いは生ごみのにおいだったのか。得体のしれない液体が体についちゃったよ。背中から酸っぱい臭いがする。
「あいつらが追いついてくる前に、逃げるぞ」
そうだ、臭いなんて今はどうだっていい。
僕は西園寺の部屋を見上げた。ピンクの煙がまだもくもくと立ち上っている。僕たちは北側の塀に向かって走り始めた……その時。
「警備! 侵入者は来たに逃走中! 直ちに捕えよ!」
西園寺の部屋から怒声が聞こえた。
「なにっ⁉ あの執事、もう回復したのか⁉」
バルコニーから身を乗り出しているのは高遠さん。煙にむせながら、顔を真っ赤にして怒り狂っている。そりゃ、大事な大事なお嬢様に手を出したんだもんね、怒るのも無理ない。
そして高遠さんの後ろから、よろめきながら西園寺が姿を見せた。