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「くくく……西園寺ありす……なかなか手ごわい相手よ」
「お前、どうしたんだ」
ピンチのせいで頭おかしくなったのか、と黒猫は訝しげな表情を浮かべた。
いやいや、僕はおかしくなってないよ。これも全部、《白犬》と《黒猫》の……ううん、瞳と玉井のためだ。
僕は片手で顔を覆いながら、体を反らせ、ポーズをとった。中二病ってこんな感じだよね。
それから僕は頭の中にとっさに浮かんだ名前を口にした。
「僕は黒の獣の主である! 僕は《黒犬》……闇を統べる獣なり!」
僕は羽ばたくように、目いっぱい両手を広げた。
あたりを包んだのは静寂。みんな僕の雄姿に見惚れているに違いない!
黒猫は沈黙したまま首を横に振った。……やっぱり純粋に呆れてるだけかも。
名前を名乗るのと同時に僕の覚悟も決まった。とっくの昔に覚悟なんて決まっていたと思っていたけど、もう逃げられないかもしれないと悟った今、その覚悟がはっきりとしたように思えた。
「黒犬さん。あなたが首謀者ということでよろしいのかしら?」
西園寺はコロコロと鈴の鳴るような声で笑った。うかうかしていると西園寺のペースにのまれそうだ。
「それより西園寺ありす。なぜ君がここに?」
「なぜ、ですって? ああ……わたくしの行動は筒抜けということですわね。私が同好会の合宿で留守にしているだろうと……そのつもりでいらしたのですわね?」
そうだ……今朝、初美は張り切って合宿に行ったんだ。
合宿が中止だなんてあり得ない。部長も一緒だ、と言っていたから、西園寺が合宿に参加したのは間違いないんだ。
「私、これでも西園寺家令嬢ですの。民宿なんて……体が休まりませんことよ。高遠にヘリを用意させて、今日の練習予定が終了したと同時に帰って参りましたの。もっとも、また朝早くに合宿場に向かうことになりますけれどね」
西園寺に触れたらただじゃおかない。高遠さんから無言の圧力がかかってくる。
ただ寝るために帰ってきたっていうのか? さすがお嬢様……じゃなくて、そんなのってありなの⁉
この状況をピンチと思っていたのは僕だけなのか、唐突に黒猫がプッと吹きだした。
「あははは! お嬢様のワガママってわけ。それは計算してなかった!」
笑ってる場合じゃないよ。一体どう切り抜ける気なんだ? 黒猫の考えが全く読めない。
「申し訳ないけど、もう私たちの用は済んだんだ。お嬢様、道を開けてもらっても……いいかなっ!」
黒猫の両手から長い爪が放たれた。隙をつかれた西園寺と高遠の靴先にその爪が突き刺さる。黄色い導線で爪と黒猫の手は繋がれている……まさか!
「ちょっと痺れるよ!」
「きゃあ!」
「ぐぅっ!」
黒猫がぎゅっと拳を握りしめる。バチバチッと電気が流れる音とともに、二人はくぐもった声をあげ、力を失いうずくまった。