6
『網膜認証、開始します』
電子ロックの画面が僕たちの姿を映しだし、目をかざせと催促した。玉井は躊躇いなく自身の目をかざす。
「だ、大丈夫なのか、それ?」
僕の困惑をよそに、ロックの無機質な電子音声が流れた。
『確認。解錠します』
「キーとなる網膜は私のもの。そうプログラムを書き換えた」
黒猫は扉の鍵が開いていることを確認し、電子ロックからケーブルを抜きとった。そして何事もなかったかのように金庫の扉を開け、図々しく中に足を踏みいれた。
だけど……あまりにもうまく行きすぎて、かえって不気味に感じるのは僕だけかな。
「見て、ここ。アンティークがたくさんある。……西園寺喜美代のコレクションなんだな、きっと」
金庫の内部はきらびやかな部屋だった。
壁一面に並べられているのは、アンティーク小物――ティーセット、人形、ランプや置物――古今東西の様々な品物で溢れている。総額いくらくらいするんだろう。天下の西園寺コーポレーションだもんね、きっと金に糸目をつけずってとこかな。
「あの写真の言葉はこれを意味していたんだな。西園寺ありすにすべてのコレクションを譲ることを意味していたんだ」
花野が持っていた懐中時計もアンティークだった。おそらく西園寺喜美代のコレクションの一つなんだろう。
この膨大なコレクションの中から懐中時計を探し出すのは困難を極めるのかと思いきや……意外と簡単だった。
懐中時計は部屋の中央に置かれているショーケースの中にあったんだ。
「そのショーケース、まだセキュリティが生きてるかもしれない。触らない方がいい」
黒猫はショーケースの前で目を閉じ、手をその上にかざした。
「座標交換」
黒猫の声に応えるかのように、時計の輪郭が歪んだ。神の眷属として仕える代わりに与えられた――座標交換の力。
たちまち時計はショーケースの中から姿を消した。時計があったはずの場所には一輪の小さなヒマワリ。
「夏っぽいでしょ」
黒猫はいたずらっぽく笑った。そして僕の手を取り、手の平に……懐中時計を置いた。
「重い」
懐中時計の質量が手の平にのしかかる。普通の懐中時計のはずなのに、やけに重い。
「それが……私たちが取り戻そうとしたものの重みだ」
まじまじと懐中時計を見つめる僕の肩を、黒猫がポンとたたいた。その顔には優しい笑みが浮かんでいた。
「さあ、帰ろう。心配して待ってる人がいるんだ」
そうだ、瞳が待っている。たった一人で……僕たちの帰りを。