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「これでしばらく警備員の目もごまかせるな。このまま突っ切るぞ」
「え! ちょっと待って!」
黒猫は全速力で庭を横ぎった。
厨房脇の勝手口にあるごみ箱の側に詰め寄り、その影に身をひそめた。建物の外観を気にしているのか、一目ではごみ箱と分からない洒落た木箱だ。
黒猫はそこから僕の姿を確認すると、人差し指でちょいちょいと合図した。
「待って、って言ったのに……」
躊躇っていても仕方がない。僕は周囲に警備員の影がないか確認した後、覚悟を決めて走り出した。
人生でここまで全速力で走ったことはない、というくらい必死で走る。ハアハアという息遣いで見つかっちゃったらどうしよう。
「……足遅いんだな」
息も絶え絶えになって勝手口にたどり着いた僕に対し、黒猫は冷たく言いはなつ。
黒猫みたいな超人と一緒にしないでください!
そう言いたかったけど、息が切れてうまく喋れない。もちろん僕の息が整うまで、気まぐれな猫は待ってはくれない。
黒猫はごみ箱の上の窓枠に手をかけた。
鍵がかかってるんじゃないかな?
だけど、僕の予想は外れ、あっけないほど窓は簡単に開く。僕は唖然としながら黒猫に尋ねた。
「どうやって窓を開けたの?」
「この間透視した時、ここの窓は開いていたんだ。あの時間帯に開いていたってことは、きっとこの窓はいつも開いているんだろうと思って」
黒猫はごみ箱の蓋をあけた。その蓋に足をかけ、軽いかけ声とともに、窓から厨房に侵入。
黒猫は窓の向こうから猫耳をのぞかせると、僕に向かって手を差しのべた。
「どうせ入れないんだろ」
「……はい」
かろうじて手は届く高さに窓はあるけど、僕のひ弱な腕力では自分の体を持ちあげて入ることは無理だった。僕は黒猫の手を取る。
あの細い体のどこにそんな力があるんだろう。
黒猫は片腕一本で、いともたやすく僕を引きあげた。黒猫はご丁寧に窓を閉め、さらに鍵をかけると窓際の調理台から身を翻した。
「行こう」
厨房の扉を開け、半分だけ廊下に顔を出す。
屋敷の中は、透視で見た光景とそっくりそのままだった。周囲の様子をうかがいながら、西園寺の部屋を目指した。
ホールを抜け、中央の階段を上がる。絨毯のふわふわとした感触が何とも言えない高級感。
邸内には警備員の姿はない。
……あまりにも簡単に潜入することができて拍子抜けするほどだ。あっという間に西園寺の部屋の前に到達した。
「金持ちの屋敷はこういうパターンが多いんだ。日常生活を乱されたくないからだろうな。外の警備は厳重でも、中はさっぱりだ。まあ、この屋敷は外の警備も手薄だったけど」
そう言って黒猫は扉を軽く押しあけた。薄く開いた隙間から中を見る。
「よし、誰もいない。入るぞ。何かあったらすぐに私に言うように」
「わかった」
一歩、また一歩。僕たちは西園寺の部屋に足を踏みいれた。